「いえ、仕事を頂けるだけでありがたいです」
 芸能事務所『バシルーラ』は4階で、このサテライト教室は3階だ。

 お金を稼ぎながら、3人娘のプロデュース案を考えられそうだ。
(とにかく踊りと曲、それから衣装だね!)

「じゃあ、今日は私の推しのコンサートがあるから行ってきます。よかったら、これ、聴いてみて。今日は5時半に授業が終わって、7時までここにいて鍵を閉めて出てくれれば良いから。鍵はそのまま持ってて、明日は午前9時にきてくれる?」

「はい、分かりました」

 成田さんが置いてったのは10代くらいの男の子アイドルグループのCDだった。

(『イケダンズ』⋯⋯知らないな。若さが眩しい)

 なんだか、成田さんは恋をしているようにキラキラしてて楽しそうだった。

(アイドルって凄いのね)

「こんにちは。あれ? バイトの人かわりましたか?」

 成田さんが去ってすぐに、スーツ姿の男性が現れた。
 爽やかで若くて、すらっと背が高いトップレベルのイケメンだ。

 20代半ばくらいだろうか、なんだか表情からして自信に満ち溢れているのが分かる。

「今日辞めてしまわれたみたいで、私は臨時でバイトをしています。梨田きらりと申します。すみません、何か御用ですか?」

 来客が来るなんて聞いてなかったので、私は動揺してしまった。

「為末林太郎です。宜しくお願いします。実はうちで内定出してた子が、ここでお世話になっているので様子を見にきたんです。南野環奈という子なんですけど。なんかバイトの子と色々あるみたいで、ちゃんと勉強してんのかなって思ってチェックしに来ました」

「そのバイトの子は今日辞めた子です。彼女は今日からは頑張ると思いますよ。それにしても国試に落ちても内定を取り消しになったりしないんですね」

 薬学部は6年制で6年生の時の2月に薬剤師国家試験を受験する。
 卒業ギリギリに国家試験が来るのだから、当然内定はその前にとっておくのだろう。

「それどころか、予備校代も会社で負担してますよ。それなのに恋愛にうつつ抜かして何を考えているんでしょうね。彼女を採用した人事には責任をとってもらいたいくらいです」

「恋愛をするのは仕方がないことではないですか? 自分ではどうしようもできない感情ですよね」