バツゲームは、一ヶ月前から始まった。

放課後になると、私にくだされる最低最悪な命令。
命令してくるのは、クラスの1軍女子……誰も逆らえない、女子のリーダー。
七瀬(ななせ)きらら。

あの子に目をつけられたら、まともな学校生活なんて送れない。
授業が終わると、彼女は当たり前かのように私の机の前に立った。

葉月(はづき)さん、今日のバツゲームはこれね」

ハート型に折られた可愛い手紙。震える手で、私はその手紙を開いた。

『今日の放課後、体育館裏にいる神楽竜司(かぐらりゅうじ)に告白すること』

その文字を見て、私の背筋は凍りつく。

「七瀬さん! ごめんなさい、これだけは……!」

神楽竜司くんは、この中学校でも有名な不良だ。
私が二年生にあがる時期に、この地区に引っ越してきた男子生徒。
以前、クラスメイトを病院送りにしてしまって、転校になったらしい。
同じ学年なので私も彼は見たことある。
中学二年生とは思えないほどの長身と体格。
目まで隠れてしまうような長髪から、時々覗く鋭い眼。
それはまるで狂暴な狼のようだった。
先生ともケンカしたことあるって噂だし。
そんな人に告白なんてしたら、どうなるか……。

「はぁ? きららの言うことが聞けないっての? きららのこと傷つけたよね? 反省してないの!?」

――バンッ!
七瀬さんは私の机を叩く。その音にびっくりして、私の肩がビクッと跳ねた。
その動きを見て、七瀬さんの後ろにいた彼女の取り巻きたちはゲラゲラと笑った。

「ダセー。叩かれたわけでもねーのに」
「ビビッてやんの」

早乙女(さおとめ)みゅうさん。美波(みなみ)なみさん。取り巻きの彼女たちふたりも1軍女子だ。
早乙女さんが私の肩の動きを真似すると、美並さんがまたお腹を抱えて笑った。
彼女たちは見た目も派手で、いつだってクラスの中心にいる。
そんな子たちに、私みたいな底辺女子が勝てるはずもない。
ほんの少し期待をして、教室を見渡してみる。
クラスメイトはみんな、私を見ないようにして目を逸らすか、早乙女さんたちと同じように私を笑うかのどちらかだった。

教室の空気が、苦しい。

「とにかく、今から体育館裏に行くこと。葉月さんの名前で神楽くんを呼び出してるんだから、行かなくてもやばいよ?」

なんで、こんなひどいことを……。
私は下唇を噛んで、小さく頷いた。従うしかない。
背中に刺さるいくつもの嫌な視線を感じながら、教室を出る。

廊下に出て扉を閉めると、教室とは違う透き通った空気を感じた。
学校の廊下はひんやりとしている。冷たい床の温度が足元から伝わってくるようだった。
もう十一月も後半だもんね。
体も心も冷たい。早歩きで体育館裏に向かい始める。

――なんでこんなことになったのだろう。

原因はわかっていた。
定期テストで、私が七瀬さんよりいい点数をとったからだ。
七瀬さんは有名な塾に通っていて、成績が良いのをいつも自慢していた。
クラスメイトも当然、七瀬さんが一番だと思ってたんだ。
だけど、偶然私のテストの点数を知られてしまって……。
そこから、いじめが始まってしまった。

もともと友達が多いわけではなかった私。
それまで一緒にいた子たちも、私が七瀬さんに嫌われたとわかった瞬間に離れていってしまった。
七瀬さんたちは、私を「カンニングしていい点数をとった」なんて噂まで流した……。
思い出すと、じんわりと涙が浮かんでくる。
私は、勉強をがんばっただけなのに。なんで、こんな目にあわないといけないの。

下駄箱で外履きに履き替える。悔しいのに、七瀬さんの命令を聞いている自分にも腹が立ってくる。
だけど、誰も味方がいないこんな状況で、どうしようもないんだもん。
こぼれた涙を乱暴に袖で拭った。顔が熱くなってくる。
毎日続く七瀬さんからの「バツゲーム」。
最初は『猫のモノマネをしろ』だとか『一発ギャグをしろ』なんてくだらないものばかりだったけれど、どんどん過激な内容になってきていた。
とうとう、悪い意味で有名な神楽くんに告白しろなんて命令まで。
だいたいバツゲームってなによ。ゲームに負けた人がするものじゃないの?
私はゲームなんかしてないのに。

……違うか。
七瀬さんたちが、私をいじめるのをゲームとして楽しんでいるのかもしれない。

あの角を曲がれば体育館裏だ。
悔しさと悲しさと恐怖で頭がめちゃくちゃになりそう。
角を曲がると、すでに神楽竜司くんは体育館裏にいた。