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 ツインタワー内の巨大モニターに映し出された里桜の記者会見を、史香は後輩の菜月と一緒に眺めていた。

 退社の時間帯で行き交う人も多い中、ベリが丘在住でシンボル的存在だった若手女優の引退発表とあって、足を止めて見上げる人々も多かった。

 画面を見つめながら菜月がつぶやく。

「私、久永さんって、アイドルみたいにかわいいだけじゃなくて、意外とすごい女優さんなんじゃないかなって思ってたんですよ。きれいな女優さんって、何をやっても、その人のイメージが前に出ちゃうじゃないですか。でも、久永さんは、その登場人物が実際に目の前にいるみたいに思えるんですよ」

 自分と同じ意見だと史香はうなずいていた。

「久永さんの映画を見てると、久永さんが涙を流すと、同じタイミングで私も泣いちゃってるんですよ。悲しい場面だから泣いたんじゃなくて、場面を変える力があるっていうか、久永さんが泣いたから悲しくなったみたいな。共感というか、感情がすっと入ってくるんですよね」

 うんうん、分かる。

「それがどんな役柄でも、その人になりきってて違和感がないのがすごいですよね。本当にその人がいるとしか思えなくて」

 初めて菜月と意見が合った気がする。

 SNSには感想があふれていた。

《うまくいかないで半年後に帰国だろう》

《わざわざ偉そうに喧嘩を売って出て行くやつなんか、もう応援しない》

 否定的な意見もあったが、日本のマスコミが休止に対する憶測にこだわり謝罪を引き出そうとするばかりで、里桜がこれから何をしたいのか聞き出そうとしなかった点を疑問視する声も多かった。

《ガラパゴス化した日本のマスコミと世界標準を目指す女優。最初からステージが違いすぎる》

《今まで持ち上げていた人気者が一度自分たちの手を離れると急に手のひらを返すのがマスコミ》

《まともな質問がイギリスの通信社だけというのが情けない》

 菜月がスマホに流れるニュースを史香に見せる。

「私は応援するけどな。自分自身を貫くって、かっこいいですよね」

 と、史香のスマホに着信があった。

 カメラマンの榎戸直弥からだ。

「なんの用ですか」

『久永里桜のことで話がある』

 ツインタワーのカフェで待っていると言われ、史香は菜月と別れてエレベーターに戻った。