三月に入ってやや春めいてきた頃、一つの芸能ニュースが社会を揺るがした。

 久永里桜が活動休止を電撃発表したのだ。

 ネットで速報が流れ、その日の夕方、ベイサイドホテルの大広間で記者会見が行われた。

 フラッシュの嵐が浴びせられる中、登壇した里桜の姿にマスコミ陣からどよめきの声が上がった。

 長かった髪を耳の下あたりでバッサリ切ってしまっていたのだ。

 集まった記者たちに深く頭を下げ、用意された席に着いた里桜はゆっくりと会場を見回した。

「本日はお集まりいただきありがとうございます。まず、今回のことについて、わたくしから、ファンの皆様へご挨拶をさせていただきたいと思います」

 マネージャーが司会役として控えているが、母の霧ヶ崎雪乃は同席していない。

「わたくしは本日をもちまして日本での芸能活動すべてから引退することを決断いたしました。これまで女優としてさまざまな作品に関わって参りましたが、応援してくださったファンの皆様、いっしょに作品作りに携わってくださったスタッフの方々へお礼を申し上げます。ありがとうございました。今後についてですが、事務所を退所し、イギリスへ拠点を移し、今までの自分を捨てて一から演技の勉強をやり直したいと考えております」

 記者からの質問が飛び交う。

「突然の発表に困惑しているファンも多いと思いますが、活動を継続する上で何か不都合なことでもあったのでしょうか」

「いいえ。わたくしの個人的な考えです。キャリアを見つめ直してみたいと思ったからです」

「CMなどの契約はどうなるでしょうか」

「関係各所への説明はこれからですが、誠心誠意お話しをさせていただいて、契約不履行等の問題については誠実に対応したいと考えております」

「真偽は不明ですが、ネット上の投稿によれば、違約金は十億円近くになると言われていますが」

「それについては今の段階では何も申し上げられませんが、仮にそういった補償が必要であれば、時間はかかるかも知れませんが、私自身が責任を持って全額返済します」

「ご両親に負担してもらうということでしょうか」

「この件に関しては、両親は関係ありません」

「髪を切ったのは決意表明ですか?」

「いえ、ただ短くしたかっただけです」

「人生を変える決断だったと?」

「髪を切ったことがですか?」

 記者がうなずく。

「そんなのは決断でも何でもありません。髪を切ったくらいで人生が変わるわけではありませんから」

 挑発的に受け取られたのか、フラッシュが焚かれテレビ中継の画面が真っ白になる。