と、そんなことを考えていると、さっきの看護師さんが戻ってきた。
なぜか手に白い布をかけて持っている。
あれ、朝食を持ってくるって言ってなかったっけ。
今からシーツを交換するのかな?
一晩だけだからまだ替えなくてもいいと思うんだけど。
ところが、看護師さんはベッドではなく、窓辺に置かれた丸いテーブルの前に立って白い布を広げ始めた。
――ああ、テーブルクロスか。
病院なのに、ホテルのルームサービスでも頼んだのかと錯覚してしまいそうな光景だった。
しかし、それは単なる準備に過ぎなかった。
ドアが開き、次に姿を現したのはコックの帽子をかぶった紛れもないシェフだった。
後ろにワゴンを押した助手を数人従えて部屋に入ってくると、史香に一礼してメニューを差し出す。
「おはようございます。本日調理を担当する梅原と申します。さっそくですが、本日のメインとなる料理をお選びください」
差し出された見開きのメニューにはサラダ、ソーセージとホウレンソウのソテー、選べるメインとして『エッグベネディクト』と『フレンチトースト』が書かれていた。
メニューを眺めている間もテーブルの上には静かに食器が並べられ、助手の人がソーセージを焼き始めていた。
「エッグベネディクトはオーソドックスなポーチドエッグにカマンベールチーズを添えた物。フレンチトーストはスクランブルエッグでアレンジした物をお作りいたしますが、どちらになさいますか」
「え、ええと……」
病院の食事といえばトレーに載った味のしない煮魚とかそんなのをイメージしていたせいで、史香の思考は停止してしまって選ぶことができなかった。
「あ、あの……ええと、そうですね、ごめんなさい、選べなくて」
「よろしければ両方お作りいたしましょうか」
「え、いいんですか?」
「ええ、医師からは特に制限を受けてはおりませんので。むしろ、たくさん召し上がって体力をつけていただいた方がよろしいかと」
横で看護師さんも微笑んでいる。
「胃腸の病気ではないので、食事に制限はないと先生から指示を受けていますので、どうぞお好きなものをお好きなだけお召し上がりください」
とても病院とは思えないようなおもてなしに史香の心は弾んでいた。
ふだんはあまり朝は食べられないのに、テーブルの上に並べられた色鮮やかなサラダや焼き上がったソーセージを見ているだけで食欲がわいてくる。
昨夜の夕飯を食べ損ねて空腹だったにしても、こんな気分は久しぶりだった。
シェフがワゴンに設置されたコンロで丁寧にエッグベネディクトを調理している間に、看護師さんが掛け布団を畳んでスリッパを用意してくれる。
「どうぞテーブルの方へ」
「ありがとうございます」
席に座ると、曇りなく輝くナイフとフォークを取り上げ、さっそくサラダと前菜をいただく。
みずみずしいレタスに茹でたアスパラとブロッコリーが添えられ、お皿に模様として描かれたドレッシングはそれぞれ味が違う。
ソーセージはあえて皮が破れるほどに焦げ目がついてスモーキーな肉汁がじゅわりと流れ出し、ホウレンソウとうまい具合に絡み合って絶妙な味わいを楽しませてくれる。
「果物も先にお出ししますね」と、看護師さんがフルーツを盛り合わせたお皿を置く。「のどごしの良いフルーツを先に召し上がると食が進むという方もいらっしゃいますから、カジュアルにお好きな順番で召し上がってくださいね」
「ありがとうございます」
まるでオーベルジュの朝食のように本格的なのに、肩肘張らなくていいのはありがたい。
熱帯の香りにむせそうな完熟マンゴーを口に入れると、舌の上で砂糖菓子のように一瞬でとろけ、飲み込んだことすら忘れてしまうほどに風味だけを残してあっという間に消えてしまった。
なぜか手に白い布をかけて持っている。
あれ、朝食を持ってくるって言ってなかったっけ。
今からシーツを交換するのかな?
一晩だけだからまだ替えなくてもいいと思うんだけど。
ところが、看護師さんはベッドではなく、窓辺に置かれた丸いテーブルの前に立って白い布を広げ始めた。
――ああ、テーブルクロスか。
病院なのに、ホテルのルームサービスでも頼んだのかと錯覚してしまいそうな光景だった。
しかし、それは単なる準備に過ぎなかった。
ドアが開き、次に姿を現したのはコックの帽子をかぶった紛れもないシェフだった。
後ろにワゴンを押した助手を数人従えて部屋に入ってくると、史香に一礼してメニューを差し出す。
「おはようございます。本日調理を担当する梅原と申します。さっそくですが、本日のメインとなる料理をお選びください」
差し出された見開きのメニューにはサラダ、ソーセージとホウレンソウのソテー、選べるメインとして『エッグベネディクト』と『フレンチトースト』が書かれていた。
メニューを眺めている間もテーブルの上には静かに食器が並べられ、助手の人がソーセージを焼き始めていた。
「エッグベネディクトはオーソドックスなポーチドエッグにカマンベールチーズを添えた物。フレンチトーストはスクランブルエッグでアレンジした物をお作りいたしますが、どちらになさいますか」
「え、ええと……」
病院の食事といえばトレーに載った味のしない煮魚とかそんなのをイメージしていたせいで、史香の思考は停止してしまって選ぶことができなかった。
「あ、あの……ええと、そうですね、ごめんなさい、選べなくて」
「よろしければ両方お作りいたしましょうか」
「え、いいんですか?」
「ええ、医師からは特に制限を受けてはおりませんので。むしろ、たくさん召し上がって体力をつけていただいた方がよろしいかと」
横で看護師さんも微笑んでいる。
「胃腸の病気ではないので、食事に制限はないと先生から指示を受けていますので、どうぞお好きなものをお好きなだけお召し上がりください」
とても病院とは思えないようなおもてなしに史香の心は弾んでいた。
ふだんはあまり朝は食べられないのに、テーブルの上に並べられた色鮮やかなサラダや焼き上がったソーセージを見ているだけで食欲がわいてくる。
昨夜の夕飯を食べ損ねて空腹だったにしても、こんな気分は久しぶりだった。
シェフがワゴンに設置されたコンロで丁寧にエッグベネディクトを調理している間に、看護師さんが掛け布団を畳んでスリッパを用意してくれる。
「どうぞテーブルの方へ」
「ありがとうございます」
席に座ると、曇りなく輝くナイフとフォークを取り上げ、さっそくサラダと前菜をいただく。
みずみずしいレタスに茹でたアスパラとブロッコリーが添えられ、お皿に模様として描かれたドレッシングはそれぞれ味が違う。
ソーセージはあえて皮が破れるほどに焦げ目がついてスモーキーな肉汁がじゅわりと流れ出し、ホウレンソウとうまい具合に絡み合って絶妙な味わいを楽しませてくれる。
「果物も先にお出ししますね」と、看護師さんがフルーツを盛り合わせたお皿を置く。「のどごしの良いフルーツを先に召し上がると食が進むという方もいらっしゃいますから、カジュアルにお好きな順番で召し上がってくださいね」
「ありがとうございます」
まるでオーベルジュの朝食のように本格的なのに、肩肘張らなくていいのはありがたい。
熱帯の香りにむせそうな完熟マンゴーを口に入れると、舌の上で砂糖菓子のように一瞬でとろけ、飲み込んだことすら忘れてしまうほどに風味だけを残してあっという間に消えてしまった。


