史香にプロポーズしたその晩、蒼馬は家で両親に報告した。

 急な話に驚いていたものの、二人とも喜んでいた。

「妊娠してるなら、結婚式はおなかが大きくなる前に早く済ませてしまった方がいいんじゃないのか?」

 浮かれる父を母がたしなめる。

「妊娠初期の大変な時期に馬鹿なをことを言ってるんじゃありません。つわりだってひどいでしょうに」

 そして、その火の粉が蒼馬にも降りかかってきた。

「蒼馬、あなた、ちゃんと避妊はしたの?」

「そ、それは、もちろんだよ」と、蒼馬は口ごもる。「それは男の責任だろ」

「それがこの結果ですか。男はやたらと責任とかけじめとか、そんな調子のいいことばかり言いますけど、失敗の言い訳に使う言葉ではありませんよ。一人の女性のキャリアを邪魔しておいて何を偉そうにしているのですか」

 父は他人の顔で天井の模様を眺めている。

「あなたたちは女は財産を好きに使わせれば文句を言わないだろうと思ってるかもしれませんけど、そんなもので女は納得しませんからね。お金で恨みが消せると思ったら大間違いです。自分の人生を邪魔する男はただの敵です。容赦なく切り捨てられますよ」

 ちょ、いったい、何の話だよ。

 俺はただおめでたい話を伝えたかっただけなんだけどな。

 父さん、いったい、何をやらかしたんだ?

「あと、蒼馬」

「何?」

「あなたはこの家を出なさい。自分で住むところを探して自分の家庭を作りなさい。私は知らない他人と一緒に住むつもりはありませんからね」

 そんな言い方することないだろうと文句を言おうとして、蒼馬は言葉を飲み込んだ。

 それはそれで母親なりの気づかいなんだろう。

 自分自身が道源寺家で味わってきた不自由を嫁には負わせたくない。

 そんな母の気持ちを蒼馬は理解していた。

 それはまた、史香と出会うまでの蒼馬が経験してきた苦痛でもある。

 名前や財産が有利に働くこともあれば自分を縛りつけることもある。

 いずれ後を継ぐことになるにしても、今はまだ相手に背負わせることはない。

「分かったよ。明日にでも出て行くよ」

 妻と息子の間で、父だけがオロオロと視線をさまよわせていた。