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 言われてみれば思い当たることはあった。

 生理が遅れていたし、朝目覚めた時に軽い吐き気を感じていた。

 ただ、まさか自分がという思い込みが目を背けさせていたのだった。

 史香は地元の駅で電車を降りると、まっすぐにドラッグストアへ向かった。

 妊娠検査薬を買い、はやる気持ちをおさえながらアパートへ帰り、早速試してみる。

 ――ああ。

 くっきりと赤い線が出ている。

 妊娠していたんだ。

 見た瞬間、めまいとともにいろいろな思いが駆け巡っていった。

『初めてでも妊娠するから必ず避妊しなさい。相手に任せてはいけません』とクラスのみんながドン引きするくらい授業で強調してくれた保健の先生の言うとおりだった。

 言いつけを守れない生徒で申し訳ありません。

 でも、この子に罪はない。

 私一人で育てていけるだろうか。

 いや、育てていかなくちゃいけない。

 弱音を吐く暇があったら、現実的な対応をしていかなければ。

 会社はどうしよう。

 産休育休の制度を調べないと。

 とりあえず、五年間でためた蓄えはあるからすぐに生活に困ることはないだろう。

 スマホで妊婦の健診について検索する。

 地域の助成金や支援制度など、次から次へと調べるべきことが増えていく。

 受験勉強どころではない情報量だった。

 妊娠の初期症状。

 眠気、微熱。

 前回の月経を起点として排卵が二週間。

 妊娠した時はすでに妊娠二週目になる。

 受精と着床で三週目。

 検査薬は着床して十日後から。

 五週目からつわりが出始める。

 メンタルのイライラも。

 ――ああ、どうしよう。

 本当にイライラしてきた。

 親にはなんて言えばいいんだろう。

 喜んでは……くれないだろうな。

 孫ができるのは嬉しいだろうけど、シングルマザーは世間体とか、やっぱりあるよね。

 特に、都会じゃない、実家の『世間』の目は昔と変わらないからなあ。

 翌日会社に休みの連絡を入れ、産婦人科へ行って妊娠が確定した。

 あっさりしたものだな。

 自分の意思なんか全然関係なく物事が進んでいく。

 ――違うか。

 変わるなら、自分を変えなくちゃいけないんだ。

 史香はその場で課長に妊娠したことを電話で報告した。

 父親となるべき人には教えないのにね。