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 目を覚ました時、史香は夢の続きを見ているのかと、しばらくぼんやりと周囲を見回していた。

 リゾートホテルのスイートルームのような部屋に天蓋付きのベッドがあり、自分はそこに横たわっている。

 ソファセットの置かれたリビングスペースの隣には、大きな鏡の備わるドレッシングルームが続き、広いバスルームとトイレは別になっているらしい。

 ただ、そこが病院であることは、自分の腕につながれた点滴のチューブと、ベッド脇に並ぶ心電図などの医療器械から理解できた。

 服装も水色の病院着だ。

 ――そうだ、私……。

 ひどいめまいで倒れたんだっけ。

 あの嫌な視界のゆがみを一瞬思い出しそうになって記憶から追い払う。

 幸いなことに、もう症状は治まっているらしく、頭を振っても視界は安定しているし、吐き気もない。

 ただ、あまりにも寝心地が良すぎてベッドから起き上がる気分にはなれなかった。

 不謹慎で申し訳ないけど、このまま一生ここから出られない方が幸せかも。

 腕を伸ばして大きくあくびをしていると、ドアが開く音が聞こえた。

「お目覚めですか?」

 まるでメイドさんかと思うような物腰で看護師さんが入ってきた。

 はしたない姿を見られたかと慌てて布団を直す。

「具合はいかがですか?」

「はい、もう、めまいはありません」

「それは良かったですね。今、朝食をお持ちしますね」

 朝食と言われて朝なのかと気づく。

「あの、ここは?」

「ベリが丘総合病院ですよ。夜遅く救急科に到着して、検査と処置の後、こちらのお部屋で寝ておられました」

「どなたか、通報してくださったんでしょうか?」

「いえ、通りかかった方がお車で連れてきてくださったそうです」と、看護師さんがサイドテーブルから名刺を取り上げた。「こちらの方です」

 史香はそれを受け取り、窓から差し込む光に当てて眺めた。

《道源寺蒼馬》

 ただそれだけだった。

 肩書きも連絡先も書かれていない。

「この方はどのような方ですか?」

 看護師さんは柔和な笑みを浮かべただけで答えなかった。

「後で担当の先生からお話があると思いますので、先に朝食をご用意いたします」

 針だけを残して点滴のチューブを外し、いったん看護師さんが退室すると部屋がまた静かになる。

 なんだろう。

 ずいぶん変わった名刺だな。

 名前だけなんて、もらっても困るというか、逆にどんな場面で使うんだろう。