青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました

 赤信号で止まった時に、運転席の佐久山がミラー越しに史香を見た。

「男は警察に引き渡されたそうです」

 よく見ると、佐久山の耳に受信機のような物がはまっている。

「それは良かったです。でも、私たち、現場に残ってなくて良かったんでしょうか」

「それは問題ありません。映像で記録も残ってますし、あの者たちの一人は顧問弁護士ですので警察との交渉はすべて代行してくれますから」

 いたれりつくせりだ。

「あの人たちは蒼馬さんの警備担当の方々ですか」

「はい。ふだんは蒼馬様付きですが、たまたまこちらに来ておりました」

「蒼ちゃんもいたの?」と、里桜が涙声でたずねた。

「いえ、蒼馬様は今ドイツに出張中でございます」

「なんだ、そうなんだ……」と、シートに背中を預けてため息をつく。

 信号が青に変わってリムジンが再び走り出す。

「佐久山さんはなぜあの場所にいたんですか?」と、史香はたずねた。

「黄瀬川様にお伝えしたいことがございましたので、お待ちしておりましたが、久永様とお話をなさっていたので控えておりました。ストーカーの出現は予想外でしたが」

「わざわざそのために?」

「はい、さようでござます」

 ずいぶんと回りくどいというか、手の込んだことをしていたものだ。

 ただ、そのおかげで里桜が救われたのだから、良しとすべきなのだろう。

「いいな、史香さんは」と、里桜が両手を膝において背中を丸めた。「蒼ちゃん、私の連絡なんか無視するくせに」

 それからまた涙声になって愚痴をこぼす。

「なんで私ばっかりこんな目に遭うんだろう。蒼ちゃんには振られちゃって、ストーカーには週刊誌のヤラセ写真で狙わるし」

 裏側を暴露してしまうのはご愛敬だが、振られた原因は史香のせいだ。

 気まずい空気が漂い、史香はいたたまれなくなって話題をそらした。

「佐久山さんは蒼馬さんの担当になって長いんですか?」

 執事兼運転手は前を向いたまま淡々と答えた。

「わたくしは最初、現当主である啓介様付きとして御屋敷に上がりましたので、かれこれもう四十年近くでしょうか、蒼馬様のお生まれになる前から道源寺家にお仕えしております」

「そんなになるんですか」

「声の調子を聞けば蒼馬様が何をお考えなのかも分かります」

 静かな車内に丸みのあるいい声が通る。

「蒼馬様の家庭教師も務めておりました」

「私もよく宿題を見てもらってたの」

 昔話でようやく里桜が明るさを取り戻した。

 ただそれは、史香よりも前から蒼馬と関わりがあったことを示したい気持ちがこもっているのかも知れなかった。

 リムジンが狭い住宅街の道に入って、ようやく史香のアパートに着いた。

 降りる時に、佐久山が名刺を差し出した。

「差し出がましいようではございますが、こちらはわたくしの連絡先でございます。久永様がお帰りになる際にも、お呼びいただければいつでもお迎えに上がります」

「はい、ありがとうございます」

 ――あれ?

 二枚重ねになっている。

 そのまま裏返すと、もう一枚は蒼馬の個人的な連絡先が記載された名刺だった。

 ああ、そういう……。

 里桜に見つからないようにしてくれたんだろう。

 住宅街では浮いてしまうリムジンが静かに去っていき、史香は一応周囲を警戒しながら1DKのアパートに人気女優を招き入れた。