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ベリが丘ノースタウンの南ゲートからやや櫻坂を下ったところにある私立櫻坂学園は富裕層の子女が通う初等部からの一貫校だ。
ノースタウンの住人はどこへ出かけるにもお雇い運転手による送迎が当たり前だが、南ゲートから櫻坂にかけての通学路は朝夕の時間帯に自治会が雇った警備員が等間隔に並んで交通整理にあたるため、生徒は安全に通うことができる。
初等部の頃は里桜を学校まで連れていくのが蒼馬の仕事みたいなものだった。
マラソンが嫌いとか、算数の宿題をやっていないなどと、里桜は毎日のように登校拒否をしていた。
ただそれはべつに甘やかされて育ったわがままというのではなく、むしろ幼い頃から自分の運命を自覚していて、やりたいことがはっきりしていたからだったのだろうと蒼馬はとらえていた。
そんなふうに自分を理解してくれる蒼馬を里桜は慕っていて、まわりからは兄妹のように思われていた。
学年が四つ違っていて中高で在学期間は重なっていなかったものの、校舎が別なだけで敷地は同じだったから、昼休みなどはいつも里桜が高等部の蒼馬のクラスへ押しかけていた。
中高で生徒会長だった蒼馬は当然女子からの人気も高かったが、里桜が番犬のようにまとわりついていたせいで、告白されても交際に発展することはなかった。
『蒼ちゃんには私がいるじゃん』
ただ、お似合いのカップルと言われていた二人だが、里桜が無理矢理せがんだキス以上の関係にはならなかった。
『蒼ちゃんはお兄ちゃんなんかじゃないよ』
腕に絡みついて迫られてみても、蒼馬にとって里桜は妹のような存在に過ぎなかった。
桜舞い散る季節を重ねるうちに、その差は広がっていくばかりだった。
『蒼ちゃんが卒業したら、二人で櫻坂を歩けなくなるのかな』
高等部進学を機に里桜が本格的に芸能界デビューしたことをきっかけに、プライベートで二人が一緒にいる姿を見ることはなくなっていた。


