「チケットはミュンヘン経由で手配してある。今夜だ」

「今夜?」と、蒼馬はテーブルに手をつき前のめりになる。「いくらなんでも」

「昨日のうちに連絡したんだぞ。何をしてたか知らんが、見てないおまえが悪い」

 スマホを見ると、たしかに連絡が入っていたし、なぜか既読までついている。

 史香に夢中で心あらずだったのだろう。

 情けない失態に顔が熱くなる。

「むこうの取引先との会合日程は機内で確認しろ」

「いや、今見ておくよ」

「それでいい」

 父がカップを持ち上げた。

 話は終わったという合図だ。

「クリスマスマーケットくらいなら、楽しんできて構わないぞ」

 まったく、こっちはそれどころではないというのに。

 だが、ここは気持ちを切り替えなければならない。

 仕事は仕事。

 せっかくだから史香にお土産でも買ってこよう。

 次に会った時の話題にもできて一石二鳥だ。

 できれば、一緒に連れていってしまいたいんだが。

 さすがにそれは急ぎすぎか。

「おい、蒼馬」

 ――ん?

「なんだ、浮かれてるのか?」

「いや。だって仕事だろ」

「当たり前だ。おまえは会社の代表者として行くんだぞ」

「分かってるって」

 これ以上追及されてはかなわない。

 蒼馬はさっさと退散した。

 夕方、空港へ向かう車の中で蒼馬は運転席の佐久山に相談した。

「彼女と連絡を取りたいんだが」

「黄瀬川様でございますか」

「ああ。BCコマースの社員であることは分かっているだろ」

「ええ、存じております」

「帰国したら会いたいんだが、連絡先を聞いてなかったんだ。病院には記録が残っているだろうが、個人情報の私的流用を頼むわけにはいかないし、彼女に直接会うしかないと思うんだ」

 名刺に連絡先を書いておかなかったのは失敗だった。

「BCコマースに連絡を取って、黄瀬川様につないでもらってはいかがでしょうか」

「それも考えたんだが、私的な連絡を会社にするのは迷惑かと思ってね」

「さようでございますか」と、ルームミラーに佐久山の目が映っている。「では、お調べしておきます」

「内密に頼むよ」

「かしこまりました」

 国際線ターミナルでリムジンを降りた蒼馬は一瞬ドキリとした。

 広大なターミナルビルのあちこちに巨大な里桜の笑顔が掲示されていたのだ。

 どうやら空港バスの広告キャンペーンらしい。

 また、新しいイメージキャラクターの仕事をもらったのか。

 若手女優として活躍の場が広がっていくのはうれしいが、スキャンダルが心配だ。

 ただ、それは蒼馬が相手ではない。

 史香との一夜であらためて分かったことだ。

 里桜じゃないんだ。

 すまない。

 心の中で里桜に別れを告げて、蒼馬はファーストクラスのチェックインカウンターに向かった。