青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました


   ◇

 専用直通エレベーターで一気に下へ降り、地下駐車場で待っていたリムジンに乗る。

 ドアを開けてくれた佐久山は、「どうぞ」と静かに言っただけで、特に表情などに変化はなかった。

 こういうことはよくあるのかもしれない。

 一晩だけの関係。

 偶然に賭けた男と、それに応じた女。

 後腐れなく、やり捨てるだけの軽い関係。

 そうしてくれと自分から告げたのはただの強がりだ。

 本当は泣きたいくらいおびえている。

 心臓が激しく鼓動し、頭が破裂しそうだ。

 ただ、史香にしてみれば、もう二度と訪れることのない思い出作りのチャンスだった。

 いつまでも立ち止まっていては何も起こらないし、自分から一歩を踏み出さなければせっかくのチャンスだってつかめない。

 こんなこと、自分には似合わないことは分かっている。

 傷つくだけかもしれない。

 だけど、一度でも経験しておけば、この先、しなかったことはいつまでも引きずるだろうけど、したことを後悔することはないような気がする。

 初めてかどうかなんて、遊び慣れた相手なら今さらどうでもいいことだろう。

 面倒な女だと思われたくないし、特別扱いもされたくないから、そういう扱いの方が都合がいい。

 経験の差で上から目線で哀れまれるのだけは嫌だった。

 べつに変わりたいわけじゃない。

 ただ、今の自分が嫌なだけだ。

 蒼馬の顔が映る窓越しに闇に浮かんだツインタワーが見える。

 いつものように、中層階のオフィスにまだ明かりがついている。

 今日も残業だろうか。

 そもそも、私の不在で、仕事は回っているんだろうか。

 仕事のできない後輩の菜月にすら引け目を感じていたのは、無意識のうちに仕事とは関係のない経験の差を比べていたからなのかもしれない。

 リムジンのシートに深く腰掛けた蒼馬は史香の肩を抱き耳元でささやく。

「こわい?」

「いいえ」と、史香は前方の風景に視線を向けたまま答えた。

「俺はおびえてるよ」

 ――え?

「これでもまだ君を失うんじゃないかってね」

 いつまで演技を続けるんだろう。

 心はすうっと冷えていく。

 窓に無数の明かりが灯るベイサイドホテル・ザ・タワーが近づいてくる。

 闇に沈んだあの暗い窓のどこかで、自分はこれから蒼馬にこの身を捧げ、もてあそばれるのだ。