青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました

 屈託のない笑顔に、思わず史香も笑ってしまった。

 男性とこんなふうに会話を楽しんだのは初めてだ。

 一瞬だけ真顔に戻った蒼馬がふっと笑みをこぼした。

「君といると、俺もこんなふうに笑えるんだな」

「久永さんとは?」

 つい聞いてしまって後悔した。

 蒼馬は気にしていないというように肘をついて首をかしげながら史香を見つめた。

「そんなに俺の歴史に興味があるの?」

 どうしたって、それが気になる。

 相手本人に会ってしまったのだ。

 考えないわけにはいかない。

 蒼馬は視線のやり場を探るようにグラスを持ち上げマティーニを飲み干した。

「俺と里桜が幼なじみなのは事実だよ。お互いの家は目と鼻の先だからね」

 記憶をなぞるようにグラスに残ったオリーブを転がす。

「里桜が中学生になった時だった。雨の中、あいつが傘を忘れたって言うから一緒の傘で歩いていたら、キスをせがまれてね。高校生だった俺は断った」

 史香は質問をはさまず、続きを促すように視線を送った。

「本能的に避けたのかな」と、グラスを静かに置く。「俺は里桜と仲が良かったけど、カノジョとして見てたわけじゃないからね。かわいい妹みたいな感覚だったんだよ」

 蒼馬は長い足を組み直して膝に手を置いた。

「あいつはそれが気に入らなかったらしくて、傘を引き下げて無理矢理唇を押しつけてきたんだ。頭突きみたいになって、お互い歯が当たってね。ファーストキスは血の味だったよ」

 笑うべきところなのかもしれなかったが、史香は黙って聞いていた。

「その後も何度かそういう雰囲気になりかけたことはあったんだが、あいつは中学生だったからな。結局、何もなかったよ。そのあと俺は高校からアメリカの大学に二年間留学して、その間は会わなかった。帰ってきた時、里桜は高校生になっていて、そういう雰囲気になりかけたけど、やっぱり俺は断った」

「どうしてですか?」

「その時俺はもう二十歳を過ぎていて、大人として里桜を諭す立場にあった」

 椅子に座り直して蒼馬はカウンターに体を預けながら肘で支えた。

「まあ、里桜は女優だし、美人なのは否定してもしょうがないだろ」

 史香はうなずいた。

「実際、学生時代の里桜はかわいかったと正直思うよ。そんな里桜に慕われたら、男として無視できるわけもない。だけど、その純粋な好意を自分の欲望のために都合良く利用するのは卑怯じゃないか。俺の中には常にためらいがあったんだ」

 純粋な好意を受け止めてもらえない方が切ないのではと、言いかけて史香はマティーニと一緒に飲み込んだ。

 自虐的な笑みを浮かべながら蒼馬は両手を広げた。

「変なところで倫理観が強くてね。おかげで今も恨まれているってわけさ」

 蒼馬の過去を聞いて何が変わったわけでもない。

 だが、蒼馬の話に嘘はないと信じられるような気がした。

「あいつだって、本当は気づいてるんだよ、俺が兄みたいな存在だってことに」

 だから、と蒼馬は言葉を継いだ。

「はっきりとあきらめさせないといけないんだ」