青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました

 蒼馬が史香をエスコートしてエレベーターに戻ろうとする。

 帰るのかと思ったら、展望台に来た時とは別のエレベーターの前に立ち、センサーにカードをタッチした。

「この展望台は最上階ということになっているけど、実は、もう一つ上にラウンジがあるんだ」

 一般の訪問者はアクセスできないからフロアガイドには所有会社の区画としか表示されていないらしい。

 扉が開き、専用エレベーターに乗り込むとそこには男性係員がいた。

「ようこそ道源寺様」

「こんばんは。こちらは私の同伴者です」

「かしこまりました」

 係員はにこやかに会釈するとボタンを押してエレベーターを上昇させた。

 すぐに止まって扉が開く。

 そこは大人の空間だった。

 四方はすべて窓で、さっき見た展望台より一段ときらびやかなパノラマの夜景が広がり、磨き上げられた床には照明が反射し、星空に浮かんでいるような錯覚にとらわれる。

 思わず史香は蒼馬の腕にしがみついてしまった。

 その手に自分の手を重ねながら蒼馬は史香をバーカウンターへと誘った。

 小さな背もたれのついたカウンターチェアに腰掛けたところで、注文もしていないのに、マティーニが二つ差し出された。

「ここではいつもこれなんだ」

「女の人を連れてくるのにいいところですね」

「揚げ足を取らないでくれよ」

 と、抗議をするものの、蒼馬は否定するわけでもなくグラスを掲げた。

 精一杯の皮肉のつもりだったのにかわされてしまった史香は、視線を遮るようにグラスを掲げると、苦い酒に口をつけた。

 ――居心地の悪い場所。

 こういうおしゃれなラウンジで、どう振る舞ったらいいのかなんてまるで分からない。

 何年通っていても展望台すら無縁だった自分は当然知らなかった場所だ。

「ツインタワーだから、向こう側にも同じラウンジがあるんだよ」

 蒼馬が指さす窓の向こうに、もう一つのタワーの先端が見える。

 柔らかい照明が帯のように夜空に浮かんでいる。

「道源寺さんは……」

「蒼馬でいい。俺も史香でいいだろ」

「蒼馬さんは……」

「さん付けしなくていい」

「蒼馬はお付き合いをしている人はいないんですか?」

「『ですか』もやめよう。呼び捨てなのに丁寧語は変だよ」

 そこまで親しくなったつもりもないのに。

「見合いを勧められているのは事実だけど、断ってるよ」

「どうして?」

「運命の出会いを信じたかったから」

 ――運命……か。

 史香はその言葉を口にしたことがない。

 信じる以前に、日々の生活に忙殺されて未来を夢見る余裕すらなかったのだ。

 そんなことを考えていると、そっとつまみのプレートが差し出された。

 生ハムのかたまりを軽くあぶってスライスしたものと、アーモンドの盛り合わせだ。

 ナッツをつまんで口に入れると、ピリッと舌に心地よい刺激があった。

 胡椒が振られていたのだ。

 蒼馬の周囲にあるのは、常にこうした細やかな心配りがなされている物ばかりだ。

 また一つ、知らなかったことを教わった。

「君は本当においしそうに食べるね」

「いいじゃないですか、おいしいんですから」

「『です』は禁止」

「じゃあ。何もしゃべりませんよ」

「取り調べじゃないんだから」と、蒼馬が陽気に笑う。