「そうだ、せっかくだから、見ていかないか」

 蒼馬に勧められても、自分には一生無縁だと思っていたブランドショップばかりで気後れしてしまう。

「い、いえ、べつに、私はこういうのは」

「遠慮しなくていいよ」

 なんなら店ごと買おうかなんてお金持ちジョークを言い出しそうで勝手に焦ってしまう。

「少し試してみたら」と、ジュエリーショップに入ろうとする蒼馬を史香は引き留めた。

「私、金属アレルギーで、アクセサリーはつけられないんです」

「ああ、そうなのか」と、残念そうに向きを変えて今度は向かいのファッションブティックに入ろうとする。

 家では学生時代のジャージをいまだに着ている史香でも子供の頃から知っている世界的オートクチュールブランドだ。

「ちょ、ちょっと待ってください」

「どうした?」

「こ、こういうのはふつうのデートとは言わないと思います」

 先生に報告する学級委員みたいに堅苦しく意見を言ったものの、デートなんてしたことのない史香に何が分かるものでもなかった。

 ただ、自分にはこういう場所が似合わないことだけは分かる。

 店の前に立つだけで鳥肌が立つのだ。

「なるほど、そうなのか」と、つぶやいて蒼馬が入りかけた足を止めた。

 ふつうという言葉は思った以上に効果があるようで、意外なほどあっさりとあきらめてくれた。

「とりあえず、映画館まで行きましょう」

「君がそう言うなら仕方がない」

 シネコンの入り口は三階にあり、蒼馬は史香を直通の長いエスカレーターにのせた。

「質問があるんだが」

「なんでしょう」

 まるで秘書みたいな返事をしてしまう。

「デートの時は手をつなぐものじゃないのか?」

「人前でそのようなはしたない真似はできません」

「それは君の意見だろう」

「そうですけど」

「俺は一般的なデートを体験したい」と、蒼馬が下から手を差し出す。

「エスカレーターでは、安全のため、手すりにつかまるべきです」

「片手は空いてるよ。委員長さん」

「段差があって不自然な体勢になります」

 あくまでも拒む史香の様子を蒼馬は楽しんでいるようだった。

「質問を変えよう」

「何ですか」

「君は実際、学生時代に学級委員長だったのか?」

「その質問には答えなくてはなりませんか?」

「君のことなら何でも知りたいよ」

「答えはノーです」

「じゃあ、何委員だったの?」

「何だと思いますか?」

 質問に質問で返すと、蒼馬の顔が輝いた。

「なんでそんなにうれしそうなんですか?」と、つい言葉がきつくなってしまった。

「ごめんよ。笑ったわけじゃないんだ。君の方から返されたのが意外だったからさ」

 私だってべつに聞きたかったわけでもないですけど。

 社会人になって五年、それくらいの間の持たせ方は身につけたというだけだ。

「保健委員?」

「違います」

「図書委員?」

「そういうふうに見えますか?」

 質問返しが気に入ったらしく、蒼馬が手をもみながらあれかこれかと考えている。

 そうしているうちに三階に到着してしまった。

「正解は何?」

「教えません」

「気になって眠れそうにないよ」と、蒼馬が手をつかむ。「それとも眠らせないつもり?」

「ばっ、ばっ……かじゃな」

 思わず暴言を吐きそうになって言葉を飲み込む。

「……な、何言ってるんですか」

 本当はその質問をもっと引き延ばそうとしただけなのに。

 蒼馬に手を引かれて映画館の前まで来る。

「何を見ようか」と、たずねられても、何を上映しているのか知らないし、そもそも映画を見る趣味自体がない。