青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました

 なのに、蒼馬を探そうと一歩間合いをおこうとしたら、里桜に腕をつかまれてしまった。

 逃がさないんだからとばかりに、強引に史香を部屋の隅へと引っ張っていく。

「いいわよ、どうせあなただって、ネットの情報とか、そういうので私のイメージを誤解してるんだろうから」

 いえ、本当に何も知らないだけなんです。

 政治や経済のニュースはスマホに流れてくるのを見ているけど、興味のない芸能やスポーツ関係は最初からブロックしている。

 里桜は史香の困惑に気づいていないのか、一人でまくし立てていた。

「私くらいの生まれつきの有名人になるとね、何をしたって親の七光りとか、背伸びして身の丈に合わない仕事に手を出してるとか、アンチのコメントばっかりネットにあふれるのよ。見ての通り、私、背伸びなんかしなくたって元々背は高いのにね。パリコレのランウェイに立ったことだってあるし、ブランドのアンバサダーだって務めてる。英語だってフランス語だって、ネイティブから習ってるし。努力だってしてるの。本当のことは何も分かってないくせに、匿名で言ってれば安全だと思ってるんでしょうよ。有名税って言うのかしら。どうせあなただって私のこと、そうやって笑ってるんでしょ」

「ごめんなさい」と、史香は手を振りながら頭を下げた。「私、久永さんのことを本当に知りませんでした」

「はあ?」と、女優らしさのかけらもなく、般若のような顔で吐き捨てる。「サイアク。興味もないゴミ以下ってこと?」

「そうは言ってませんよ。私、仕事ばかりでテレビも見ないから世間のことに疎くて」

「まあいいわよ」と、里桜が頬を引きつらせながら笑みを浮かべた。「蒼ちゃんがあなたみたいな地味な女に興味を持つわけないんだから。身の程を知りなさいよ」

「里桜」と、いつの間にか蒼馬がそばに来ていた。「失礼なことを言うんじゃない」

「だって」と、急に背が縮んだように上目遣いになって蒼馬に踏み込む。

 そんなあざとさに身震いしながら鳥肌の立つ腕を史香は固く組んだ。

 学生の頃にも、社会人になってからも、そういう人はいた。

 自分はそういう人たちに哀れみの目を向けられてきたのだ。

 ――べつにうらやましくなんかないのに。

 動物園で珍しい爬虫類でも見るような気持ちで史香は彼女の様子を眺めていた。

 蒼馬は腕に絡みつこうとする里桜を手で押しとどめて、史香のかたわらに歩み寄った。

「俺はそんな気持ちでこの人とおつきあいしているんじゃない」

「嘘でしょ」と、初めて里桜が狼狽の色を見せた。

「本気だ」

 ――えっと、これ、演技ですよね。

 リハーサルじゃないでしょ?

 本気の演技?

 どちらが俳優なのか分からない真剣な横顔に史香は引き込まれていた。

「だって、偶然知り合っただけなんでしょ」と、里桜はこわばった笑みを浮かべた。

「見ただろ」と、男はわざとらしく史香を引き寄せる。「本気のキスだって交わした仲だ」

 ――ちょ、え?

 無理矢理しておいて何言ってるの。

 突き放してやろうかと思ったものの、蒼馬の手は意外とがっちりと腰に回されていた。