青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました

「黄瀬川さんって言ったかしら」と、里桜が史香の視界に立ちはだかる。

 すらりと背の高い相手に見下ろされて、史香は教師に叱られる生徒のようにうなだれてしまった。

 ――脚、きれいだな。

 ついそんなことを考えてしまう。

 こんな華やかなパーティーが日常で、人に見られることが当たり前の立場で、どうすれば自分の存在を印象づけられるかを常に考えているような人なんだろう。

 高校時代、同級生に指摘されるまで脇毛の処理もしたことのなかった自分とはまったく接点のない相手だ。

「あなた、いったい何者?」

 まわりに聞こえない程度の声で詰問される。

「ふつうの会社員です」

「なんで蒼ちゃんと知り合いなのよ」

「倒れていたところを助けてもらって」

「あなたが、あの時の?」と、里桜の目が細くなる。「スマホで言ってた急病人って」

「はあ、そうなんでしょうか」

 曖昧な返事が相手を怒らせたらしい。

「ちょっと親切にされたくらいで、運命の人とか舞い上がってるんじゃないでしょうね」

 ――してませんけど。

 冷静な表情がさらに相手をイラつかせていることに史香は気づいていない。

「あんたみたいなふつうの人が珍しいから、蒼ちゃんも興味を持っただけなんだからね」

 社会人としての経験から、クレーマーを相手にすると、自分はどんどん引いて冷静になってしまう。

 かなり見下されていることは分かるのに、あまり怒りはわいてこない。

 実際、相手の言うとおりなんだろうし。

「私とあなたで、どっちが蒼ちゃんにふさわしいかなんて、言わなくても分かるでしょ」

「すみません」と、史香は一呼吸置いた。「あの、そもそもどちら様でしょうか」

「はあ?」と、肩をいからせながら里桜が拳を握りしめる。「ちょ、喧嘩売ってるの?」

「いえ、そういうわけでは」

「ああ、そういうことね」と、急に肩の力を抜いて腕組みをする。「まさか本物が目の前に現れるなんて想像もしてなかったから信じられないんでしょう」

 心のこもらない営業スマイルを史香に向けて里桜が名乗った。

「久永里桜、女優よ」

 ――はあ。

 史香の頭の中には芸能の知識は皆無だった。

 学生の頃もアイドルに夢中な同級生から呆れられたほど興味がなかったし、社会人になって一人暮らしを始めてからは部屋にテレビを置いていない。

 仕事で必要のない知識は無駄以外のなにものでもないのだ。

「有名な方なんですね。失礼しました」

 褒めたつもりが逆効果だったらしい。

「それって、知らなかった相手に言う言葉よね」

 うん、まあ、そうなので。

「あなたね、さっきからなんでそんなに冷静なのよ。ふつうはね、私みたいな芸能人を前にすると、一般人はみんな緊張してうまくしゃべれなくなったりするものなのよ」

「はあ、すみません」

 世の中では有名なのかも知れないけど、史香にとってはやっかいなクレーマーに過ぎない。

 しかも、自分とはまったく関係のない他人の問題で文句を言われているのだ。

 ――もう、私、帰ってもいいかな。

 相手を怒らせることが目的だったのなら達成できたはずだ。