青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました


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 お昼はスカンピとムール貝のパスタ、夜は職人さんが目の前で握るお寿司。

 翌朝はまたシェフの梅原さんが作る完璧なパンケーキと、病院なのに太って出てくるのではないかというくらい食事を堪能してまた昼を迎えた。

 めまいどころか、すっかりリフレッシュして体が軽くなったような気がする。

 見るのが怖くてバスルームの体重計には乗らなかったけど。

 あれほど心配していた会社には結局連絡しなかった。

 向こうからも何も聞かれなかったからだ。

 課長から業務の進捗具合を聞かれるかと思っていたのに、何のメッセージも入っていなかったし、後輩の菜月からも、気づかうメッセージは来ていない。

 自分はその程度の人間だったかと思うと、会社に染まってきた五年間が何の価値もないように思えて悲しかった。

 でも、大きなバスタブに薔薇の花弁を浮かばせたお風呂につかっていると、そんなことはどうでも良くなった。

 全身を入念に洗い、退院に備えて身支度をする。

 戸棚にしまわれていたパンツスーツとブラウスは、よく見るといつの間にかクリーニングに出してあったらしく、ぴっちりとアイロンがかけられていた。

 だけど、こんな通勤用のスーツでいいんだろうか。

 史香はおしゃれのセンスがないと自覚していた。

 パンツスーツは意外と動きやすいし、いちいち何を着るか考えなくていいから楽だと思っていたけど、パーティーに着ていくのにふさわしいのかは分からない。

 会社関係で出席したパーティーはスーツだったけど、それはもちろん仕事の一環だったからだ。

 政財界の偉い人が来るパーティーって言ってたから、脇役は地味なスーツでいいのかな。

 メイクも変にいじって失敗したら恥ずかしいからいつも通り無難に済ませておく。

「道源寺様がいらっしゃいました」と、看護師さんがやって来た。

「はい、どうぞ」と、史香は髪の毛をなでつけて振り返った。

 入ってきた蒼馬はライトグレーのスーツにネイビーベースのストライプネクタイを締めている。

 キュッとすぼまった結び目にできたえくぼのようなアクセントにも隙がない。

 こんなおしゃれな結び方ができるのもシルクだからだ。

 自分は明らかに釣り合わない。

「あの、こんな格好でよろしいでしょうか」

「ああ、そうですね」と、一瞬で全体を見回しうなずく。「その方がいいでしょう」

 ――ん?

 どういう意味?

 真意をたずねる間もなく、蒼馬が史香のカバンを持ち上げて歩き出してしまったので、慌てて後を追うしかなかった。

 地下駐車場はホテルの車寄せのようにドアスタッフやアテンダントが待機している。

 目の前に付けられたロングボディのセダンに史香は尻込みした。

 ――これ、総理大臣とかが乗るやつだよね。

「どうかしましたか」と、蒼馬が運転手に荷物を託す。

「あの、靴は脱いだ方がいいんでしょうか」

 気後れして間抜けな質問をしてしまい、顔が熱くなる。

「そんなことは気にしなくて結構ですよ」と、微笑みが返ってくる。「車内で嘔吐したことも記憶にないんでしょうし」

 ――うわあ、そうだった!

 はい、申し訳ございませんでした。

 土下座して逃げ出したくなる気持ちを抑えて、病院のスタッフが開けてくださったドアから車内に乗り込む。

 照明を反射してイルミネーションのようにきらめく黒塗りのセダンが滑らかに動き出すと、大きなボディはまったく揺れることなく、車内は外界と切り離され、隣に座る蒼馬の息づかいが伝わりそうなほど静かだった。