「一つだけ条件があります」
「なんですか?」
「明日の午後、ノースタウンのオーベルジュ『ベリーズ・ルージュ』でうちの会社のパーティーがある。それに私と一緒に出席してもらいたい」
急に有無を言わさぬ圧力を感じる口調になった。
「パーティーとは、どのようなものですか」
「会社の創立記念パーティーですよ。政財界のお歴々が集まる退屈なパーティーで申し訳ないのだが、是非お越し願いたい」
「私が? 何のためにですか?」
長身の蒼馬が上半身をかがめて史香に顔を近づける。
「退屈しのぎですよ。私の話し相手になってくれれば助かるんでね」
「話って、何を話せばいいんですか」
男が史香の耳元でかすかに笑った。
「スピーチを頼もうというのではありませんよ。ただ単に雑談の相手をしてくれればいい。それだけです」
分かるようで分からない理由だ。
そんな相手、べつに私でなくてもいいだろうに。
史香は混乱したまま何度もまばたきをした。
「来るか、来ないか。好きな方を選んでください。来てもらえるなら、お約束通り、入院費用は全額無料にしますよ」
それを言われてしまうと抵抗できなくなる。
仕事一筋でお金を使う暇もなかったから、それくらいの貯金はあるけど、こんなぼったくり病院に払いたくはない。
お料理はおいしかったけど……。
「ああ、そうそう」と、蒼馬が真っ直ぐに体を起こしながらわざとらしく手を叩く。「うちの車であなたを病院に搬送する途中で、あなたは嘔吐しましてね。私のスーツとハンカチを処分することになってしまったんだ」
「それは申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだ」と、マクベスを演じる俳優のように両手を開く。「弁償なんて気にしないでくれ」
そんな言い方されたら、めちゃくちゃ気になるじゃないよ。
叱られた生徒のように史香はギュッと目を閉じた。
「イタリア製のオーダースーツに英国王室御用達のハンカチなんて、お金を出せば買える物にたいした価値はないからね」
ああ、もう。
史香はくわっと目を見開いた。
「分かりました。行かせていただきます」
男が柔和な笑みを浮かべて手を差し出した。
「では、取引成立だ」
点滴の針が刺さったままの腕を史香は渋々差し出した。
握手かと思ったら、男が両手で包みこんだ。
意外とふんわり柔らかな男の手もあることを史香はこの歳になるまで知らなかった。
「では、明日の昼にお迎えに上がります」
道源寺蒼馬はきっちりと腰を折ってお辞儀をしたかと思うと、握っていた史香の右手に軽く口づけを残して去っていった。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
静かになった病室で、右手の甲をさすりながら史香はため息をついた。
「なんですか?」
「明日の午後、ノースタウンのオーベルジュ『ベリーズ・ルージュ』でうちの会社のパーティーがある。それに私と一緒に出席してもらいたい」
急に有無を言わさぬ圧力を感じる口調になった。
「パーティーとは、どのようなものですか」
「会社の創立記念パーティーですよ。政財界のお歴々が集まる退屈なパーティーで申し訳ないのだが、是非お越し願いたい」
「私が? 何のためにですか?」
長身の蒼馬が上半身をかがめて史香に顔を近づける。
「退屈しのぎですよ。私の話し相手になってくれれば助かるんでね」
「話って、何を話せばいいんですか」
男が史香の耳元でかすかに笑った。
「スピーチを頼もうというのではありませんよ。ただ単に雑談の相手をしてくれればいい。それだけです」
分かるようで分からない理由だ。
そんな相手、べつに私でなくてもいいだろうに。
史香は混乱したまま何度もまばたきをした。
「来るか、来ないか。好きな方を選んでください。来てもらえるなら、お約束通り、入院費用は全額無料にしますよ」
それを言われてしまうと抵抗できなくなる。
仕事一筋でお金を使う暇もなかったから、それくらいの貯金はあるけど、こんなぼったくり病院に払いたくはない。
お料理はおいしかったけど……。
「ああ、そうそう」と、蒼馬が真っ直ぐに体を起こしながらわざとらしく手を叩く。「うちの車であなたを病院に搬送する途中で、あなたは嘔吐しましてね。私のスーツとハンカチを処分することになってしまったんだ」
「それは申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだ」と、マクベスを演じる俳優のように両手を開く。「弁償なんて気にしないでくれ」
そんな言い方されたら、めちゃくちゃ気になるじゃないよ。
叱られた生徒のように史香はギュッと目を閉じた。
「イタリア製のオーダースーツに英国王室御用達のハンカチなんて、お金を出せば買える物にたいした価値はないからね」
ああ、もう。
史香はくわっと目を見開いた。
「分かりました。行かせていただきます」
男が柔和な笑みを浮かべて手を差し出した。
「では、取引成立だ」
点滴の針が刺さったままの腕を史香は渋々差し出した。
握手かと思ったら、男が両手で包みこんだ。
意外とふんわり柔らかな男の手もあることを史香はこの歳になるまで知らなかった。
「では、明日の昼にお迎えに上がります」
道源寺蒼馬はきっちりと腰を折ってお辞儀をしたかと思うと、握っていた史香の右手に軽く口づけを残して去っていった。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
静かになった病室で、右手の甲をさすりながら史香はため息をついた。


