青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました


   ◇

 昼近くになって看護師さんがやって来た。

「道源寺様がお見舞いに来てますが、お通ししてよろしいでしょうか」

「あ、はい、どうぞ」

 史香はベッドの上に体を起こして病院着の前を合わせた。

 でも、そういえば、シャワーも浴びてないし、髪の毛もボサボサかも。

「あ、え、ちょっと待っ……」

「具合はどうですか」と、よく通る男の声が部屋に入ってきてしまった。

「あっ、ひゃいっ」

 精一杯手櫛で髪をなでつけながらベッドの上で背筋を伸ばす。

「おかげさまでもう大丈夫です」

 天蓋の白いレース越しに近づいてくる相手は長身で歩幅も大きく、靴音が堂々としている。

「道源寺蒼馬と申します」

 レースのカーテンがめくられ、相手の顔が見えた。

 意志の強そうな眉に彫りの深い二重の目は瞳がやや茶色がかって澄んでいる。

 まっすぐに見つめられて史香は布団の下でギュッと手を握った。

「黄瀬川史香と申します。このたびは通りがかりに助けてくださったそうで、ありがとうございました」

「たいしたことではありませんよ。医療法人を経営する我が家では人助けは当たり前ですから」

『医療法人を経営する我が家』という言葉自体がもう史香にとっては当たり前の世界ではなかった。

「ここの病院の食事はとてもおいしいですね。レストランみたいでびっくりしました」

「喜んでもらえて何よりですよ」

 明らかに生地の艶が違うスーツに身を包んだ男の声は自信に満ちあふれてはっきりしているのに、まるで耳元でささやかれているように穏やかだった。

 耳が熱くなってしまいそうで、史香は気になっていたことをたずねてみた。

「あの、ぶしつけな質問ですけど、治療費はどのように……」

「ああ、それでしたら心配はいりませんよ」と、蒼馬が両手を広げた。「私の身内ということで処理しますから」

 ――ということは?

「無料でいいっていうことですか?」

「ええ、たいした金額じゃありませんから」

 へえ、そうなんだ。

 でも、高級ホテルの朝食だって、無料で済む金額じゃないよね。

 しかも、シェフまで来ちゃうんだし。

 まるっきりただというのは申し訳ない。

「あの、全額負担していただくのは心苦しいので、いくらかでも……」

「おそらく五十万円くらいですが」

 ――ん?

 えっと……。

 聞き間違いじゃないよね。

「ゴジュウマンエン?」

 治ったはずのめまいが再発しそうだった。

 健康保険なら高額療養費制度で上限があって、一晩入院しただけなら十万円にも行かないはずだ。

 余計なこと言うんじゃなかったと思っても後の祭りだ。

「ここは先進医療と完全個室病棟を売りにした病院で、全額自費診療ですからね。これでも案外良心的な方ですよ。富裕層には感謝されています。クレームが来たことはありません」

 そりゃあ、庶民は病気よりも請求書が怖くて、こんなセレブ病院で診てもらえないからでしょうよ。

「でも、心配いりませんよ。こちらで処理しておきますから」

「じゃあ、お言葉に甘えて、お世話になります」

 ホッとした表情を見せたその瞬間だった。

 蒼馬が思いがけないことを切り出した。