おれは、ようやく動きだして、幹の裏側にまわった。


「……は、花宮くん……?」


 目を見ひらいて、突っ立っているのは――。


「あ……えっと……二組の……咲真……だっけ?」

「う……うん……」


 歌ってたのは、咲真だったのかよ!

 うちの中学では【朝のあいさつ運動】というのをやっていて、当番の生徒は、校門に立って、登校してくる生徒に元気よくあいさつしなきゃいけない。

 その当番が、一年に数回はまわってくる。

 おれは、咲真と当番が重なったときがあった。

「声が小さい」と先生に何度も注意され、泣きそうになっていたから、おれはワザとふざけたりして、先生の気をそらしたっけ。

 咲真は、そんなこと覚えちゃいないだろうけど……。

 そのとき、なんだか無性(むしょう)に守ってやりたくなったんだよな。


「……おまえ、歌、上手いんだな……」


 自然と、声に出ていた。

 おとなしくて目立たない女の子だと思ってたけど、こんなに歌が上手いなんて……。

 咲真のこと、もっと知りたい。

 もっと、歌をきかせてほしい。


 親父に感謝しなきゃな。

 おれも、クスノキのおかげで、運命のひとに出会えたかもしれない。