クスノキの歌姫

 歩きだそうとしたら。


「――どうしたらいいの?」
 

 ふいに、声がした。

 強い風が吹いて、クスノキの葉がゆれる。ザザッと波のような音がひびいた。

 気のせいだったのか……? と思ったら。

 風の音の隙間(すきま)をぬって、また声がした。


「わたしには何もできないよ。……ごめんね。パパ……ママ……」


 幹の裏側で、女の子がつぶやいているみたいだ。

 ひとりごと……か?

 こっちには気づいてないようだけど……。

 なんだか盗み聞きしているようで気まずい。


「……伐採……しちゃうんだって……。この木……」


 クスノキ伐採のニュースを知って、やってきた女の子か。


「四百年も前からずっと

 みんなを見守ってきた」


 おもむろに、女の子は歌いはじめた。

 その美しい歌声に、思わず息をのむ。


「風にゆれる葉は青く

 その身に時を刻みつつ」


 クスノキに語りかけるような歌声は、やさしく、力強く、そして、どこか哀しい。

 ほとばしる感情を、思うままに声にのせている。

 じーんと、熱い何かが、おれの心の内でわきあがる。

 長い時のなかで、クスノキの下で出会ってきた男女の姿が思い浮かぶ。

 おれの親父と、母さんも……。