クスノキの歌姫

「クスノキに手を当てて、強く願うんだ。運命のひとに出会わせてください――って」

「運命のひと……?」


 ピンときてないおれを見て、親父は目を細めた。


「このあたりの男たちの間で代々伝わってるおまじない……のようなもんだな。これを知ってる女は、ほとんどいないはずだ。女に教えたら、ぜったいに運命のひとには出会えなくなるんだ」

「ふーん」

「おまえも、願ってみな」

「そんなの興味ないよ」


 なんて、おれは素っ気ない返事をしたっけな。

 親父の願いはかなったんだろうけど、運命のひと――母さんとは、すぐに離ればなれになっちまったじゃねーか。

 意地悪な神さまが宿(やど)った木だ。


 そして、今。


「あのクスノキ、伐採しちまうのか……」


 ニュースを知った親父は、とてもさびしそうだった。

 部活にも出る必要なくなったし、どうせヒマだ。

 おれは、学校帰りに大楠公園に行ってみた。

 片すみにあるクスノキは、さすがの存在感――。

 太い幹の裏側にまわって、見上げる。

 もったいないなぁ。

 これだけ立派な木を伐採してしまうなんて……。


 ――運命のひとに出会わせてください。


 おれは、クスノキの幹に手を当てて、心の内で願った。

 …………なーんてな。

 こんなの迷信みたいなもんだよ。かなうわけがない。

 親父と母さんは、出会うべくして出会ったんだ。

 べつに、このクスノキに不思議な力があるわけじゃないさ。