「メルバーン卿」

「なんだい」


ここで情に訴えるのは違うと思う。


だから、こちらの声音に引きずられないよう、できるだけ抑揚を抑えて返事をした。


「わたしは、今すぐには答えを出せません。お待ちいただけますか」


うつくしい男が、子どものようにパッと表情を明るくする。ずるい。


「ジュディス文官」

「はい」

「前向きな返事をくれて、ありがとう」

「いいえ」


……指輪を外したかった。


夫に思い入れはない。親が決めた結婚で、わたしはいつの間にか彼のものになっていた。


よい妻であれば、好きなものを守れるかもしれないと思った。


だから、貞淑であるよう努めた。仕事を隠れ蓑に窓明かりを手繰った。


あのひとのいいところなど、ひとつも思いつかない。けれども、決められた結婚はそういうものだと信じていた。


「きみのそういう、分別のあるところを好ましいと思うよ」


このひとは、わたしによい妻であれと言わない。書くことをやめさせようとしない。


プリムローズに戻りたいと、はっきり思った。


「ありがとう存じます。あなたのそういう、誠実であろうとするところを好ましく思います」


精一杯の言葉選びに、メルバーン卿が優しく笑った。


「ありがとう。今はまだいいんだ。……きみがよいと思うときを、待っている」