「失礼ながら、わが夫もウィリアムと申します。夫と同じ名を呼べません。ましてや次期公爵になるお方を、そのような」
「きみにとって、今のご夫君は必ずしもよき夫とは言えないようだ。プリムローズを名乗っているだろう」
だから自分をウィリアムと呼べ、と言っている。めちゃくちゃだ。
「ええ、そうです。わたしはプリムローズ、陛下の薔薇。陛下のご迷惑になるようなことはいたしません」
インクが染みついた指先で、陛下からいただいた金のブローチを握りしめる。変わらぬ冷たい金属の感触に縋りつく。
……ちがう。違う。違うの。
わたしは、確かにあの家を出たかった。出たかったわ。
でもそれは、こんなふうに、権力と立場を山ほど携えたひとに、強引に迫られることを望んだからではない。
ましてや、わたしの精一杯の文筆を大事に扱わず、対価も払わないようなひとに、立場で買われたかったからではない。
だって。たったひととき、このひとの情を得たとして。
あの家で息を潜めるのと、一体何が違うと言うの。
「きみにとって、今のご夫君は必ずしもよき夫とは言えないようだ。プリムローズを名乗っているだろう」
だから自分をウィリアムと呼べ、と言っている。めちゃくちゃだ。
「ええ、そうです。わたしはプリムローズ、陛下の薔薇。陛下のご迷惑になるようなことはいたしません」
インクが染みついた指先で、陛下からいただいた金のブローチを握りしめる。変わらぬ冷たい金属の感触に縋りつく。
……ちがう。違う。違うの。
わたしは、確かにあの家を出たかった。出たかったわ。
でもそれは、こんなふうに、権力と立場を山ほど携えたひとに、強引に迫られることを望んだからではない。
ましてや、わたしの精一杯の文筆を大事に扱わず、対価も払わないようなひとに、立場で買われたかったからではない。
だって。たったひととき、このひとの情を得たとして。
あの家で息を潜めるのと、一体何が違うと言うの。


