「わたくし、とある夫人からお話を聞いたのよ」


冷えた夫婦関係に悩んでいたのに、書簡でやり取りをするうち、自然と打ち解けていったのですって。


今では有名なおしどり夫婦のその方に、頼み込んで書簡を見せていただいたの。

これはその思い出の書簡よ。


「その夫人は、内容を使用人とともに考えたと。紙とペンを与え、自分だったらどう書くか自由に書かせて、その後一緒に言葉を選んだと聞いたわ」


ジュディス・プリムローズ──Judith P.──細い指が、色めく恋文の文末に一様に書かれた署名をなぞる。


落ち込んだ主人を励ましたい。その一心だった。


たとえ誰かに見つかっても、主人がいらぬ嫌疑をかけられないよう、わざとすべて自分で書き、わざとすべてに自分の名を入れた。

ほんとうの書簡は、奥さまと旦那さまだけのものにしましょう、と言って。


相手の名が必要な場合は、架空の名がよいだろうと、ジョナサンとするか、あなたとしておいた。

自分と同じJから始まる男性名は一般的に思いつくものとしておかしくないように思われたし、周囲にいない名前であれば、なんでも構わなかった。


わたしのジュディスという名はありふれている。

そして何より、プリムローズという姓は、近々失う予定だったから。


「その使用人は女性で、なんでも相談できる妹のように思っていたのに、結婚後しばらくして屋敷を辞したそうよ──この筆跡は、あなたのものよね? ジュディス」

「…………差し出がましく、不遜な真似をしたと深く反省しております」

「いいえ、責めているのではないのよ。この国にはこんなにきれいな文を書ける女性がいるのだと、わたくし、感心したの」


女王は、わたしの家名──プリムローズ(第一の薔薇)──を細い指先でそっと撫ぜた。


「わたくしの薔薇と、呼ばせてくれるわね?」


そのときわたしの目は、(いかずち)で眩んだのだ。