真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇

「かつての夫を、思い出す?」

「あのひとをというより、不自由だったことを思い出します」


怖くはない。怯えてもいない。けれど、あまり明るい思い出ではない。


「他の男を思い出すくらいなら、無理に呼ばなくていい。きみに、嫌な思いをさせたいわけじゃないんだ」

「いいえ、いいえ! あなたのお名前がウィリアムとおっしゃるのは、わたしにとっては救いのようなことだわ。嫌な思い出をあなたで上書きさせてもらえるんだもの」


うつくしいヘイゼルが泣きそうに歪んだ。


「きみが望むなら、いくらでも。……どうするのがいい?」


再び指先に短いキスが降る。


「他の呼び方で呼びたいわ。あなたの愛称はウィルかリアムでしたわね?」

「そうだね。ウィルかリアムが多いかな」

「ウィルと呼んでも?」

「嬉しいよ」


う、と唇を噛む。そこで「分かった」とか「もちろん」とかの了承以外が来るとは思わなかった。


さっきから、やたらと甘ったるい。


「ダンスのお相手を二度お願いできるものと思ってよろしいですか」

「喜んで」


腰を引き寄せられた。甘い香りが強くなる。


「きみに踊る暇があるか分からないが」

「あら、陛下と王配殿下も踊るのですから、わたしにも踊る時間はあると思いますわ」


王族は初めに一度踊る。その後、集まった紳士淑女が踊る。だからきっと、陛下の後に踊ることになるはず。


ダンスの間くらいは、陛下のおそばにいなくても許されるはずだった。


耳の奥に血液の流れる音がする。あたたかな体温にまぎれるこの心音が、わたしのものなのか、ウィルのものなのか、もはや分からなかった。