メルバーン卿は口を結んで固まった。


一度ゆっくりと全体を眺め、再度最初からひとつひとつ見つめ、ヘイゼルが何度か紙面を往復した後、ようやく口を開く。


「ジュディス文官、素晴らしいものをありがとう。代金は……」

「もちろんいただきません。お礼になりませんもの」

「しかし」

「どうかわたしを、愚か者にしないでくださいませ」


わたしは、あなたが繋いでくださったご縁で、ほんとうに助かっているのです。


「ウィリアム・メルバーン卿。橋は両端があるもの。ひとりでは橋を架けられませんわ」


フルネームを呼ばれたメルバーン卿は、正しく意味を汲み取って、息を呑んだ。


公国のお花についてご相談したわたしを、自分の生家に連れてきてくれたのはこのひと。

わたしとアレクサンドラさまのやりとりを、そばで見守っていたのもこのひと。


あの日、陛下から密命を負ったわたしは、アレクサンドラさまに橋を架けることを許された。

アレクサンドラさまと陛下の間にも、陛下とご友人の間にも、すでに関係ができあがっていた。


それと同じように、わたしとメルバーン卿の間にも、もうすでに橋は架かっている。

わたしたちは、もはや、ただの同僚でも知り合いでもないと信じている。


わたしはこのひとを、ウィルとは呼べない。このひともまた、わたしをジュディスとは呼べない。


それでも、呼び名をつけない何かがあると、信じたい。


「私はきみの、伝書鳩くらいにはなれただろうか」

「あら、橋渡し役ではなくてですか? わたしは勝手に、あなたの演奏を聞かせていただける程度の仲だと思っておりましたけれど」


自分のバイオリンの音色を、生家の者にしか聞かせない男が笑った。


「ありがとう。大事にする」