「カイム夫人、ご相談があります」


その日、小さな十角形の机を挟んで向かいに座った貴婦人は、ご相談と言いながら、相談する気のない断定をもって話を切り出した。


カイム夫人というのは、甚だ遺憾ながらわたしの名前になっている。


人はわたしのことを夫の姓、カイムで呼ぶ。

でも、できることなら抑圧的で厳しい夫の名を名乗りたくない。


だって、厳しい夫が女は家庭を取り仕切ればよいなどと言って蝋燭の使用を禁じるものだから、わたしは窓明かりが頼りになる昼間しか書き物ができないのよ。


書き物を禁じられないだけ、寛容なひとだと思わなくてはいけないのは分かっている。


家事の合間に窓辺の小さな机に座り、文字を書く。


わたしだけの部屋などない。この小さな十角形の上だけがわたしの私的なもの、わたしの部屋というありさま。


できるだけ顔に出さないように心がけたのだけれど、その努力は意味をなさなかったらしい。


「それとも、ジュディス・プリムローズ──ジュディスさん、とお呼びしたほうがよいかしら」


にっこり問いかけられて、思わず言葉に詰まった。


こちらの名前を呼んでみせたのは、わたくし、あなたの名前を知っていてよ、の意味である。つまり従えという圧である。