「美味い……」

 慣れ親しんだマクマホン侯爵家本邸のシェフの料理は、ステファニーがいるからかいつもより気合いが入っており、彼女の好物ばかりで構成されていた。口の中でホロホロ溶ける牛すじ肉の旨味が、口の中にふわりと広がる。

 しかし、料理が美味しければ美味しい程、私はつまらなくて仕方がなかった。

 学生時代だったら、昼ごはんの時間になるとステファニーが必ず弁当を持参して現れて、「はい、アーンですわ!」と言いながら必ず一口は私に食べさせようと絡みついてきていたのだ。

(あのときアーンしてくれた卵焼き、美味しかったな……)

 周りの目が気になって私は拒絶するようなことばかり言っていたけれども、どうやら私は、ステファニーがそうやって私に突撃してくること自体は、嫌だと思っていなかったらしい。

(結婚休暇中だし……好きなだけ、アーンしてくれて構わないのに……)

 私は先程覗き見た彼女の姿を思い出しながら、長いため息をつく。

 この牛すじ煮込みを食べながら、ステファニーは笑っているだろうか。アーンどころか、私は結婚してからというもの、彼女の笑顔すら見ていない。一緒にいるのは私ではなく私の家族だし、彼女と楽しくお喋りをしながら昼食をとっているのも、私の家族だ。

(夫の私は、彼女の声すらもう何日もまともに聞いていないというのに!)