「龍美家は、治癒の力を持つ」

 征雅はそう言うと、さぎりの首を絞める力を緩め、空いた手で胸元からナイフを取り出す。そして男は希海を見ながら、さぎりの腕を浅く切った。
 首を抑えられたさぎりの、くぐもった悲鳴が室内に響く。

「さぎり!」
「今から、この女をナイフで傷つける」
「!?」
「お前が私の力を開放すれば、癒すこともできるだろう。どうする、狐!」

 青ざめる希海に、男は愉し気に声を上げて嗤う。
 さぎりは、目に涙を溜めて震える希海を見て、必死に首を振ろうとした。

(だめ! どうせ、この男に治すつもりなんてないのに)

 希海に、逃げるよう伝えたい。
 しかし、首を絞められているさぎりは、首を振るどころか、声を出すこともままならない。

 ――さぎりでは、希海を守ることができない。

 四年前、希海と使用人達を守ってくれた戦士達のことが思い浮かんだ。
 最後まで戦い抜いた美月のことが、思い起こされた。

 さぎりの命は、彼らに繋いで貰ったものだ。なのに、その命を賭しても希海を守りきれないなんて、さぎりはなんて不義理なのだろう。

(誰か、誰でもいいです。この命を捧げます。だから、希海様を助けて)

 ぽろりと、さぎりの蜂蜜色の瞳から、涙が零れ落ちる。

 己の無力さが、悔しかった。
 さぎりには、何もできない。
 できるのは、ただ、祈ることだけ。

(……史、様)

 どうしようもなくなったさぎりの心に浮かんだのは、今はここにいないあの人だった。

 いつだって優しい、さぎりの大切な人――。



(――助けて、崇史様……)





 ぼう、と音を立てて胸元が燃え上がった。




 それは間違いなく、狐火だった。

 しかし、希海が出したものではない。
 さぎりが半襦袢の下、胸元に隠していたお守りから現れたものだ。
 その狐火はさぎりを焼くことなく、さぎりを掴んだ征雅にまとわりつく。どうやら、征雅のことは熱を持って焼き払おうとしているらしく、彼は悲鳴を上げてさぎりを投げ出し、狐火を払いのけようと必死に暴れていた。