姐さんって、呼ばないで


小春を一人残すわけにはいかない。

ラッシュガードを羽織ってるとはいえ、脚は人目に晒されているわけで。
昨日は俺が傍にいたり、鉄がずっと傍にいたから変な虫が寄ってくることもなかった。

けれど、周りの視線は確実に小春に注がれていて。
スタイルもよく美人な小春は、かっこうの餌食になるのは必至。

「仁さん、ごめんなさい」
「ん?」
「私が残るって言ったからですよね」
「昨日散々海に入ったんだから、別に構わないだろ。それより、うちの(もん)に気遣ってくれて、ありがとな」
「毎日組でお世話になってるんですから、家族みたいなものですよ」

小春にとったら何気ない一言なのだと分かっている。
けれど『家族』という言葉に、嬉しくならないはずがない。

「連れて来てくれて、ありがとうございます」
「礼なんて要るかよ」
「みんなと過ごせて、凄く楽しかったです」
「そうか」
「それと、桐生組の人は刺青してないんですね」
「……」
「昨日の余興の時、別の意味で驚きました」

うちの組員全員が彫ってないわけじゃない。
親父世代の年配の組員は、しっかりとスミが入っている。

小春との人生を考えた時に、形に拘らないと決めた。
極道であれば、彫って一人前。
けれど、うちの組ではそういう昔ながらのしきたりを廃止にした。

新しい極道の在り方。
カタギと肩を並べて生きていく道を。

「仁さんも入ってないんですか?」
「……あぁ」
「そうなんですね」

俺の言葉に嬉しそうに微笑む。

俺の親父の刺青を見て、小さい頃は『すごーい』と燥いでいたが、いつだったか、彼女が言ったんだ。
『刺青が入ってたら、一緒にプールや海に行けないね』って。
だから、俺は彫らない極道の若頭になると決めた。