◯土手からすぐの道路。

撫子の腕を引っ張り、車まで連れて行く宗大。

撫子は抵抗しているが、宗大の力には敵わない。



撫子「帰りたくないのよ!離して!」

宗大「何言ってるんだ!お前のわがままで、家族に迷惑をかけるなよ!!」

撫子「!!」
〈傷ついた表情をする〉



撫子(これって、わがままなの?)

(私は私の人生を大切にしたいだけだわ)



見かねた柊が、撫子を引っ張る宗大の腕を掴む。



柊「あの、事情はわかりませんが、そんな強引なことをしないであげてください」

宗大「……きみには関係ないんだ。事情も知らないくせに、引っ込んでいてくれよ」

撫子「ちょっと、兄さん!柊くんにさっきから失礼よ!!」

宗大「……とにかく帰るぞ、撫子!」



撫子をひょいと抱きかかえる宗大。



撫子「!?何するのよ!!やめて!!」
〈真っ赤になる〉



恥ずかしさからバタバタと抵抗するが、車の後部座席に放り込まれる撫子。



宗大は「家まで、急いでくれ」と、宝来家で雇っている運転手に伝えて、自分も車の後部座席に乗り込む。

撫子は体勢を整えて、車の窓を急いで開ける。



撫子「柊くん!」

柊「はい」

撫子「今日はごめんなさいっ、でも、楽しかったです!!ありがとう!!」



柊は撫子にニッコリと微笑んで、「またバイトで!」と、片手をあげる。

そんな柊に少しホッとする撫子。

車が走り出しても、窓から出来るだけ柊を見つめている撫子。



◯車の中。

宗大が不機嫌そうに、「シートベルトくらい、しめろよ」と、撫子に声をかける。



撫子「今、そうしようと思ったところよ!」
〈トゲトゲしく言い返す〉



ため息を吐いた宗大に、イライラが積もる撫子。




宗大「撫子、お前のためだよ」

撫子「……は?何が!?どこが!?」

宗大「彼氏なんか、何の意味もない。別れたほうがいい」

撫子「彼氏じゃないわ」

宗大「……それなら、尚更だよ。忘れたほうがいい」



撫子はイライラが頂点に達する。



撫子「何よ!!やめてよ!!私は、私の気持ちが大事よ!!あんな婚約者、好きじゃないのよ!!」



宗大も眉間にシワを深く刻んで、撫子を睨む。



宗大〈声を張って〉「だからっ!お前は馬鹿なんだよ!!」

撫子「はぁっ!?」

宗大「考えたらわかるだろ!!もう、お前の気持ちがどうこうじゃないんだよ!!」

撫子「!!」



宗大は深く「はぁ〜っ」と、ため息を吐く。

そんな宗大を呆然として見る撫子。



宗大「彼のことが他の家族や、早乙女家にバレてみろよ、潰されるのはお前の気持ちだけじゃない。彼……、柊くんが潰されるんだ!」



撫子は「そんな……っ!」と、言葉を切って、あることに思い当たる。



撫子(おじいちゃまも言ってたじゃない)

(『全力で潰してやる』って……)



撫子「……兄さん」

宗大「何だ?」

撫子「……もう、他に手立てはないの?」

宗大「……」



黙って、撫子の頭をポンッと撫でる宗大。

ウルウルと涙目になる撫子。



撫子(嫌よ)

(諦めたくないわ)

(でも……)

〈涙がポロポロ流れ落ちる〉

(どうすればいいのか、わからないわ)



◯宝来邸の応接間。

既にやって来ていて、ソファーに脚を組んで座っている拓磨。

撫子が応接間に入り、お辞儀をする。



拓磨「今日の約束のこと、忘れていたんですか?」

撫子「いいえ」

拓磨「それなら、僕との約束は最優先に考えてください」



露骨に嫌な顔をする撫子。



拓磨「素直な人ですね」

撫子「褒め言葉だと受け取っておきます」

拓磨〈嫌味に笑った顔で〉「自信過剰なところ、嫌いじゃないですよ」

撫子〈ますます眉根を寄せて〉「嫌味は嫌いです」

拓磨「はっはっはっ、思ったより賢い人で安心しました」



撫子(あ゛ぁーーーっ!!!キラーーーーイッ!!!)



拓磨は脚を組み直し、膝のところで両手を組んで置く。



拓磨「あなたに話があるんですよ」

撫子「……」
〈不機嫌なまま、腕を組む〉

拓磨「単刀直入に言います。アルバイトを辞めなさい」

撫子「!」



拓磨は顔色を変えずに続ける。



拓磨「あなたは早乙女家に入るんだ。そんな人間がアルバイト?……はっ、ふざけるにも程がある」

撫子「ど、どうして!?別にいいでしょう?」

拓磨「困るんですよ、早乙女コンツェルンの品位に関わる」

撫子「ひ、品位……」

拓磨「そんなにお金が欲しいなら、僕がいくらかお小遣いを渡しますよ。未来の妻になら、それくらいどうってことない」

撫子「い、嫌よ!!馬鹿にしないで!!」



拓磨の表情が険しくなる。

その表情にビクッとする撫子。



拓磨「馬鹿にしているのは、あなたのほうだ。アルバイトなんかして、我が家を貶めていることに気づかないのか!」

撫子「どうしてそんなに責められるのか、私にはわかりません!」

拓磨「……話にならないっ!」
〈やれやれ、という感じで首を横に振り、おでこに手を当てている〉



撫子は両手を握りしめて、俯く。



撫子(この人のこういうところ、マジで大嫌いよ)

(どうしてそんな物言いなの!?)

(自分だけが正しいと思っているのかしら)



撫子「……胸くそ悪いわ」
〈吐き捨てるように呟く〉

拓磨「何?」

撫子「アルバイトは辞めません。あなたの思い通りになるつもりなんか、これっぽっちもないのよ」

拓磨〈苛立った顔つき〉「……」



両者引き下がらず、睨み合う。



拓磨「……この間、一緒にいた男が関係しているんですか?」

撫子「!?」

拓磨「子どものままごとのようだと、放っておくつもりだったけれど」

撫子「……彼は、関係ないですっ」

拓磨「そうですか?親しそうでしたよ?」



真っ青になる撫子。



撫子(柊くんが危険にさらされる……!)



撫子は深呼吸する。

そして、きっぱりとした口調で、「何を言ってるんですか?彼はただのバイト仲間よ」と言う。



撫子(嘘でも苦しいわ)

(こんなこと言いたくない)



撫子「あんな人、好きじゃない」



撫子の目に涙があふれる。



拓磨「!」



撫子はごしごしと涙を拭う。



拓磨「だったら、これ、彼に聞かせてもいいですよね?」
〈言いながら、スーツの胸ポケットから小型の録音レコーダーを取り出す〉



拓磨が再生ボタンを押す。



撫子の声で、『あんな人、好きじゃない』という言葉が再生される。



撫子「……あなた、思っていたよりクズね」
〈拓磨を睨みつける〉

拓磨「どうとでも思いなさい。僕だって、あなたのことなんか好きじゃない」

撫子「……!?だったら、婚約はなかったことに……!」

拓磨「あなたに興味はないけれど、宝来堂の技術や経営には興味があるんですよ」

撫子「……っ!!」



◯翌日の放課後、スーパーマーケット「ぜんきち」の休憩室のドアの前。

そっとドアを開いて、中をのぞく撫子。



撫子(柊くん、いるかしら)

(確か柊くんのバイト時間って、今日は私より少し遅めに始まるはず)



しかし休憩室には誰もいない。

残念な気持ちで、ドアを閉めて回れ右をすると、鼻先が何かにぶつかった。



撫子「わっ!?ご、ごめんなさいっ」



誰かにぶつかったとわかり謝る撫子が顔を上げると、「大丈夫ですか?」と、柊の声。



柊「オレこそごめんなさい」

撫子〈驚いた表情で〉「柊くんっ、あの、私……!」



柊がじっと撫子を見る。



撫子「?」



柊は「あ、ごめんなさい。宝来さん、鼻の頭が真っ赤になってます」と、笑顔になる。



撫子「えっ!?やだ、恥ずかしいっ」
〈両手で鼻を隠す〉

柊「あはははっ、可愛いのに」

撫子「……っ!!」



撫子〈柊の笑顔を見て、切ない顔になる撫子〉

(忘れられるはずない)

(理由にも、事情にも、縛られない気持ちだわ)

(好きよ、どうしても)



◯早乙女コンツェルンの本社の一室。

スマートフォンを耳に押し当てて、拓磨が窓辺に立っている。



拓磨「……あぁ、調べてほしいんだ」



少し間を置いて、「あぁ、そうだ」と、頷く拓磨。



拓磨「あのはねっかえりと同じバイト先にいる、同じくらいの年齢の男だ。どんな人間か、何から何まで全部、オレに報告してくれ」