「よし、栄治。靴脱いで海に入れ」


 波打ち際に近寄った途端、佐伯はいい笑顔で僕に命令した。


「嫌だよ」


 撮影に協力するとは言ったけど、海に入るのは抵抗があった。


 僕が即答するとわかっていたようで、佐伯は笑いながらカメラの準備を始める。


 なにも持っていない僕は、ただ海を眺める。


 穏やかな波を見ていると、ハル兄から逃げてきたことを忘れそうになる。


 逃げたところで現実は変わらないのに、僕は古賀たちを巻き込んで、なにをやっているんだろう。


 そんな自己嫌悪に陥っていると、隣からシャッターの音がした。


 古賀が海にデジカメを向けている。


「栄治、ちょっと向こうに立って」


 古賀の不安そうな横顔が気になって声をかけようとすると、佐伯に呼ばれてしまった。


 古賀に声をかけても、僕にできることなんてないだろうから、僕はそのまま佐伯の指示に従って、浜辺を歩く。


 後ろから下手くそだの、もっと海に寄れだの、文句が飛んでくる。


 言い返すために振り向くと、古賀のつまらなそうな表情が見えた。


 僕はあの表情を知っている。


 思うように写真が撮れていないときの顔だ。


「佐伯、ちょっと休憩」


 僕は佐伯が答えるより先に、足を進める。