「今日は夏川栄治のところに行かないの?」


 放課後、自席でのんびりとしていたら、咲楽が空席となった私の前の席に座りながら、声をかけてきた。


 肩あたりで自由に揺れる、不自然に黒い髪に、つい目がいってしまう。


 高校生になっておしゃれに拍車がかかった咲楽は、登校初日から髪色を明るくしてきた。


 一応、進学校と言われるこの高校では、髪を染めることは許されなかった。


 ゆえに、咲楽は数日前に黒に染め直してきた。


 高校生になってからのおしゃれを楽しみにしていただけに、今でも少し、不機嫌そうだ。


 しかし、たとえ機嫌が悪くとも、先輩を呼び捨てするのは聞き捨てならない。


「夏川先輩ね。呼び捨てしない」


 やっぱり膨れた咲楽の頬を見ながら、昨日の夏川先輩のことを思い返す。


 カメラを見せたときの、先輩の表情。


「……先輩が写真に飽きたとか、そんな理由で写真部を辞めていたなら、もっと強く言えたんだけど……多分、先輩は私と同じ、だから」


 好きなことを好きなまま、辞めなければならなくなった。


 夏川先輩の、未練に染まった表情は、その苦しさを表しているようだった。


 私は、その苦しみは痛いほど理解している。


 だからこそ、無理強いはしたくないし、できない。