この列車は火星を過ぎると銀河中央環状線に入り、銀河系を横断してアンビターナへ向かう周遊列車である。
13両編成、流線型のボディーに真っ赤なラインが眩しい。
「さてと、そろそろ行くか。」 時刻は23時。
待合室を出た俺は大きな荷物を抱えて乗車口へ急いだ。

 夜だというのにホームには鉄道マニアの少年たちが屯している。 そこへゆっくりとアストロライナーが入ってきた。
コスモタービンのヒューヒューという音が聞こえる。 列車は定位置に止まるとフロントライトを消した。
(3a26。) チケットナンバーを確認すると乗降口から俺は中に入った。
デッキは古風な作りで隅っこにコスモコールが設置されているのが見える。
客室の扉にはアストロライナーのエンブレムが誇らしげに掛けられている。 後ろから男たちがドヤドヤット雪崩れ込むように入ってきた。
客室の中には3列の皮張りシートが整然と並んでいる。
3号車、最左列[これがa]、26番目シート。 座ってみると落ち着けるリクライニングシートである。
進行方向に向かって、扉左側に運行票、右側に地球時計が掛けられている。
「ねえねえ、これ見てよ。」 「すげえなあ。」
通路を子供たちが走り回っている。 発車時間まで車内の撮影が許されているのである。
 しばらくするとホームでざわついていた人たちが一気に何処かへ行ってしまった。 「何事だ?」
到着アナウンスも無く、辺りは静まり返っている。 入ってきた列車を見て俺は納得した。
黒塗りの車体に金色の帯、銀河警察の特殊護送列車ではないか。 この列車の撮影は厳重に禁止されている。
いや、警察関係者であっても不審者と判断されれば容赦なく射殺する徹底ぶりである。 誰もが逃げるのも無理は無い。
壁扉一体型のマジックドアは乗務員でなければ分からない。
さらに高感度レーザー砲は500メートル離れて隠れていても命中する。
こんなのに狙われたらテロリストでも気が狂いそうだ。
さらに壁に仕込まれているショックライトを見てしまうと一か月は何も見えなくなる。
目を潰されてレーザー砲で打ち貫かれたら堪ったもんじゃないだろう。
 おまけに運行管理本部長意外に走行ルートや停車駅は知らされないし、スペースハイパーワープを備えているから追跡も無理である。
 ホームが眩しく輝いている。 その中で護送犯を収容しているのだろう。
宇宙犯罪者は裁判など受けることも無く護送列車に乗せられて誰も知らない星へ送り込まれるという。
(それだけはごめん被りたいな。)
もちろん、それが何処に在るのか、その後の犯罪者がどうしているのか誰も知らない。

 俺は座席の前に入れてある雑誌に目をやった。 特急列車の特集をやっているようだ。

 ガルダニア噴火帯周遊線=この路線は宇宙でも珍しい惑星火山帯を通っている。
 アマリ氏あ超寒冷体環状線=この路線は超低温星域を通っている。
 フロンシア重力帯線=この路線は一風変わっていて対重力加工を施された列車でなければ走れない。
 それぞれの路線の特急が紹介されている。 「いつか乗ってみたいな。」
窓の外に目をやる。 護送列車はいつの間にか発車していて群衆が戻ってきていた。
発車は午前0時。 車掌が車内の点検をしている。
「大丈夫だな。」 そう呟くと彼は機関車のほうへ歩いて行った。

 「72番ホームに停車中の列車はアストロライナー号でございます。 24時00分に発車いたしますのでご乗車のお客様はお急ぎください。」
アナウンスマシーンが忙しなく動き回っている。 旅行客が賑やかに下りていく。
遥かに向こう側、0番ホームが銀河特殊救難隊の専用ホームらしい。 白地に金帯の列車が待機しているのが見える。
「こちら銀河特殊救難隊 キグナス1号。 緊急出動態勢 準備完了。」 こちらハイパーグレードコンピューター 了解。」
「こちら銀河高速鉄道公安室。 受信感度良好。」

 ここで列車編成を簡単に紹介しよう。
 先頭を引っ張る機関車は運行管理本部のスーパーグレードコンピューターに運行管理された機関車である。
燃料は液体酸素化合物。 ガソリンの数億倍というエネルギー量を持つ物質である。
 2両目はデータ集積車でこの宇宙の過去からのデータがぎっしりと詰まっている。
チケットを持っていれば誰でも自由に利用できる車両である。
 3両目は一等指定席車。 スーパーグリーンと呼ばれている車両である。
ルームサービスはもちろん、ルームシアター、ドリンクバーがセットされている。
また金額によってはグループや家族での利用も出来るらしい。
 4両目 5両目は二等指定席車で、ルームサービスなどは無い。
 6両目 8両目 9両目 10両目は普通車である。
 7両目は食堂車。 中央管理厨房から注文された食事を直接電送させるシステムを備えている。
 11両目は医務車。 つまりは病院である。
ナースロボットが管理する車両で、治療はセントラルレスキューコンピューターによって指示 管理されている。
生身の人間でもテクノ人間でも透明生物でも治療できるという優れものである。
 入ってみるとナースロボットが待機している。 「今日はどうされたんですか?」
「ちょいと飲みすぎちまってさ、、、。」 「それはいけませんねえ。」
長髪で伏し目がちなナースロボットが顔を上げた。 「お客さんはお一人ですか?」
「そうなんだ。」 ナースロボットはカルテを取り出すとにこやかに笑った。
「お客さんはお酒大好きですね?」 「そうそう。 好きだからつい飲みすぎちまうんだ。」
「誰かお友達になったらどうです?」 「だといいんだがなあ。 あなたはどうなんです?」
「私ですか? ダメですよ。 忙しいし、第一 人間じゃありませんから、、、。」 「そうか。 ダメか。」
「なれたらいいんですけどねえ。」 ナースはニコッと笑って薬を出した。
 12両目は図書館車。 あらゆる時代のあらゆる国のあらゆる書物を取り寄せることが出来る管理図書館である。
 最後尾は展望車。 360度の絶景を楽しむにはここしか無い。
一階はサロンルームで人々が飲みながらゆったりと過ごせるようになっている。
中央の螺旋階段を上がるとそこは360度のパノラマが広がっていて、流れゆく景色を余す事無く楽しめるようになっている。
そしてこの車両には図書館車と同じく利用時間に制限は無い。
 その壁には銀河高速鉄道の全路線図と星図が掛けられている。
宇宙空間の風景を楽しむにはここが一番いいらしい。
 「まもなくアストロライナー号が発車いたします。 お見送りの方はホームに出られてお待ちください。」
ホームに出発のアナウンスが響いた。
 「こちら777号。 出発前のメンテナンス終了。」 「了解。」
「コスモハイパーエンジン 起動!」 「コスモモードにて発車!」
「上昇軌道通過まで3分40秒。」
発車ベルが鳴ってドアが閉まった。 「アストロライナー号 定刻発車を確認。」
アストロライナーが緩やかに加速していく。 「父さん、行ってくるよ。」
俺は胸ポケットに忍ばせた父さんの写真に手を合わせた。
 眼下には遥かに伸びる地上線の線路が見える。 もう営業運航は終わっているらしい。
遥かに伸びる線路を見据えながら未知の世界へ飛び出していく列車は速度を上げていく。
幾つかのポイントを過ぎてアストロライナーは上昇軌道に入った。 (ここから銀河の旅が始まるんだな。)
 眼下には煌めく東京の夜景が広がっている。 それに反して頭上には漆黒の宇宙が広がっている。
上昇軌道を走っていたアストロライナーは高速を得て空間電磁軌道へ飛び出していった。
これから1年を掛けた銀河旅行が始まるのだ。 俺の前にはいったい何が待っているのか、誰にも分からない。
もちろん、終着駅 アンビターナがどんな星なのかも。