(変な雰囲気にしてしまったな…)

部屋の中が静まり返り、文哉は心の中でため息をつく。

(話さない方が良かったのか?いや、やっぱり俺は彼女についていて欲しい。でも、すぐに引き受けてもらえないってことは、よほど俺は嫌われているのか。仕方ないな。今まで酷い態度を取ってきたんだから、自業自得か…)

ふうと小さく息を吐くと、気持ちを入れ替えて顔を上げる。

「そろそろ行こう。タクシーで送るから…って、え?おい!」

文哉は驚いて真里亜の顔を覗き込む。

さっきまで普通に会話していたのに、いつの間にか真里亜は、スーッと寝息を立てながらソファにもたれて眠っていた。

「おい、起きろ!帰るぞ」
「んー…」

揺すって起こそうとすると、真里亜は甘い声を洩らして身をよじり、文哉の方に顔を向けた。

あどけなく無防備なその寝顔に、文哉は思わず言葉を失って見とれる。

眠っているのをいいことにじっと見つめていると、知らず知らずのうちに顔を寄せてしまっていた。

何も考えられなくなり、心臓の鼓動が速まる。

ほんの少し開いている真里亜のふっくらとした唇に、まるで吸い寄せられるように口づけようとした時、最後の理性が文哉をハッとさせた。

(な、何をしようとしていたんだ?!)

口元を手で覆い、慌てて真里亜から離れる。

(俺は好きでもない相手にキスをするような、ろくでもない男だったのか?いや違う。むしろ最近は、女性に対して拒絶反応しかなかった。じゃあ、どうして彼女にはそんなことを?)

「いかん。とにかくこの状況はマズイ」

立ち上がって、クマのようにウロウロしながら気持ちを落ち着かせる。

もう一度チラリと真里亜に目をやると、またもや何かのスイッチが入りそうになる。

「あー、もうだめだ!このままだとやられる!くそー、俺としたことが」

意味不明なことを叫んでいると、真里亜が、んん…と気だるそうに目を開けた。

「…副社長?」
「おっ!起きたか?起きたな!よし、帰るぞ!」

スタスタとクローゼットに向かい、荷物を持つと、文哉は真里亜を振り返る。

「ほら、早くしろ!」
「ええ?!ちょっと待ってくださいよー。あー、まだ身体がフラフラする。副社長、手繋いでください」
「アホ!そんなこと出来るか!」
「なによー、ケチ!この鬼軍曹!」
「うるさい!さっさと歩け!」

少しでも真里亜に触れたら、いや、顔を見てしまっただけでも、もう止まらなくなるだろう。

視界の隅に大きなベッドを捉えて、文哉は慌てて頭を振った。