約束の時間通りにこのボロボロの離宮に足を踏み入れたキース・ストラル伯爵は、パタパタパタっと元気よく駆けてくる足音を聞いて立ち止まる。

「伯爵! 見てくださいコレ!!」

 そう言ってバンっと勢いよくドアを開けた彼女の名前はベロニカ・スタンフォード。この国の13番目の王女様である。

「裏庭に落ちてました!」

 ジャンっと効果音をつけて伯爵の前にドヤ顔でベロニカが差し出してきたのは、彼女の両手からはみ出すほどの大きな卵。
 色もオレンジメインに紫のドット柄で何だか毒々しい感じだ。

「…………返して来なさい、今すぐに」

 またこの人は、と呆れたようにため息をついて伯爵はそう言うが、

「えっ、嫌ですけど」

 ベロニカは速攻で却下する。

「この離宮での拾得物は全部私のモノですよ、伯爵。もちろん、伯爵も」

「俺はいつから拾得物になったんですか?」

 確かにナイフは落として行ったが、本体拾われた覚えはねぇよと伯爵は無遠慮にベロニカの頭に鉄拳を落とした。

 この国の王家は呪われている。
『天寿の命』
 寿命以外では死ねなくなる呪い。
 13番目に王の子として生まれてきたために、そんな呪いにかかっているベロニカには、莫大な褒賞がかけられている。

『伯爵家以上の貴族は最低一回、どんな手段を使っても構わないから、呪われ姫の暗殺を企てろ』

 なんて陛下が面倒な命令を出したモノだから仕方なく離宮に忍び込み、ベロニカのお気に入りの暗殺者もとい彼女の拾得物(内緒の恋人)となった伯爵は、ようやく仕事に区切りをつけて彼女に会いに来れたわけなのだが。

「ふふっ、伯爵に見せたくて、伯爵が来てくれなかった2週間ずっと大事に温めてたんです」

 びっくりするかなってと嬉しそうな顔で笑ったベロニカは、久しぶりに会えた伯爵にサプライズですと猫のような金色の目を輝かせてそう言った。

「姫、それどうする気なんですか?」

 ベロニカの奇行はいつもの事なので、ハイハイと聞き流しつつ、差し出された禍々しい卵を見ながら、伯爵は淡々とした口調で尋ねる。

「どう、って……卵って食べる以外の選択肢あります?」

 尋ねられる意味が分からないとばかりにきょとんとした顔で、ベロニカは当たり前のようにこれを食す方向で話を進める。

「いやいやいやいや。それ、どう見ても鶏卵じゃないでしょ!?」

 通常この国で出回っている食用の卵は鶏卵だ。が、この際鶏卵でなくてもいい。
 とにかくどう見ても警戒色にしか見えないこの禍々しい卵は食してはいけないと伯爵の本能が告げる。