「はぁー肩凝った。姫の離宮落ち着く。まさに安息地帯だな」

 会場に戻るの面倒臭いと言った伯爵におさぼりする気なら離宮(うち)来ます? と誘っておいてなんだが、少々寛ぎすぎではなかろうか? とベロニカは苦笑する。

「私の離宮を安息地帯だなんて言うの、伯爵くらいですよ」

 ベロニカを狙う暗殺者が蔓延り、ベロニカのペットのドラゴンが跋扈し、ベロニカが生産した人喰い植物がそこら辺に生えているボロボロの離宮だが、慣れてしまえば居心地は悪くない。
 少なくとも無駄な腹の探り合いと噂話が飛び交う夜会の会場よりも、と伯爵は思う。

「ところで姫は舞踏会会場に何しに行っていたんです?」

「こっそり音楽鑑賞に。あの階段下が意外と穴場なのですよ」

 ちなみに夕飯とスイーツとジュースもくすねてやりましたと、ドヤ顔で戦利品をテーブルに並べる。

「良くまぁそれだけ持ってこれましたね」

「ふふふ、物品のちょろまかしには私ちょっと自信ありますのよ? 良かったら伯爵も召し上がってくださいませ」

「褒めてねぇよ。仮にも一国の姫君がそんなことでドヤらないでくれます? 俺ら城内に入るのにバカ高い会費払ってんですけど」

 無銭飲食かっとベロニカを嗜めつつ、高い会費を払った割に今日の夜会は本当に得るものが何もなかったなとベロニカに勧められた軽食に伯爵は手を伸ばした。

「文句を言いつつちゃっかり食べるあたり伯爵らしいですね」

 小さなケーキを口に運びながら、ベロニカはそう笑う。

「あ、姫。口開けて」

 思い出したようにそう言った伯爵は素直に口を開けたベロニカの口に小さな丸い塊を放り込む。
 次の瞬間、目をぱちくりさせたベロニカはあまりの衝撃に口を抑え、小さな体を折って悶絶する。

「〜〜〜----っ!! な、なんですかっ!! これ」

 テーブルの上の水を一気飲みし、むせながら涙目になって伯爵を睨むベロニカに、

「ふむ。わさびは効くんだな。ショック死はしないみたいだけど」

 伯爵は悪びれる事なくそう言った。

「あ、当たり前じゃないですかっ!! 命の危険性が無ければ普通に効きますよ」

 涙目で苦しむベロニカは口直しにケーキを食べながら、伯爵に全力で抗議する。

「毒は砂糖水に、絞殺しようとした紐は花飾りに変わるのに、わさびはわさびのままかぁ。今までで一番効いてません?」

 ベロニカは呪いの効果で彼女を殺そうとするあらゆる事象を無効化する。故に彼女は死ぬ事ができないのだが。

「こんなの、こんなの、暗殺じゃないですから!! 伯爵のばかっーーー!!!!」

 命に関わる事のない純粋な食べ物は食べ物のままらしい。
 わさびの大量に入ったチョコボールを食べさせられたベロニカを見ながら伯爵は新たな事実をノートに記載した。