そんなこんなで。婚約者試験までの期間、ニーナ経由でエドヴィン王子が手配した選りすぐりの講師陣がリーゼの元に集まった。
 礼儀作法から始まり、楽器、歴史など、将来の王妃に必要だと言われるスキルをリーゼに身につけさせるために。もちろん、試験の項目にも入っている。
 正直、リーゼは興味がないことに対するモチベーションは一切上がらないタイプ。
 礼儀作法は、小さい頃から一応貴族をやってることもあり、いくら変態的な思考と行動をしていようと、隠しきれない上品さが醸し出されているため、ちょっとルールを叩き込めば問題はなかった。
 楽器は好きなものを選べるということで、指で鍵盤を叩くだけがまだ難易度が低いだろうということで、ピアノ一択だった。
 小さい頃に少し習ったくらいの経験値しかなかったリーゼだったが、裁縫や彫刻造りで鍛え上げた、化け物じみた指の器用さもあり、超高速運指レベルであればあっという間に身につけた。
 1番苦戦していたのは歴史。
 とにかくリーゼは、自らが萌えないものに対する興味は皆無。文字だけ並べられている本……それも恋愛要素(少しエッチな)ものが一切ない教科書は、読んでもすぐにどこかの穴から知識が漏れていってしまった。
 もちろん、婚約者試験がリーゼ捕獲のために仕組まれたものであったとしても、この試験でリーゼが王妃になることを納得させなくてはいけない貴族や宰相たちが多くいることは事実。
 ニーナは、自分の夢の不労所得生活のために、こんなところでこけるわけにはいかないと考えた。
 そうして、ニーナは歴史の教科書にエドアレのパラパラ漫画を描き始めたリーゼにこう耳打ちした。

「リーゼ様、知ってます?」
「え?」
「アレクサンドラ様は、歴史が少々苦手とのことです」
「な、なんですって……!?」

 嘘である。
 アレクサンドラは、むしろ頭脳関連はリーゼよりずっと上だ。その情報はエドヴィン王子から入ってきている。それが理由で、アレクサンドラが王妃になることは死んでも嫌だ、とエドヴィン王子が言っていることも、ニーナは嫌というほど聞かされていた。

「もしも、アレクサンドラ様が悩んでいらっしゃったときに、そっとお耳打ちをして差し上げれば……」
「わ、私がエドアレの危機を救うことになるのね!」

 むしろエド側の精神悪化させるかもしれない、とは口が裂けても言えないニーナだったが、今はそんなことどうでもいい。
 リーゼに歴史を叩き込む。
 ただそれだけのゴールではあるが、なりふりなど構っていられないのだから。

「そうですよ、リーゼ様が、アレクサンドラ様をお助けするんです」
「そ、そうね。こうしていられないわ」

 それから2日後、リーゼが教科書全てを丸暗記するという超人技を発揮することになり、ニーナはますます「推しへの愛」の恐ろしさを思い知った。
 と同時に、エドヴィン王子には心の中だけで謝っておいた。
 自分のサポートのせいで、ますますリーゼのエドアレ愛が増幅してしまったようだったから。