「……ありがとう」

 夫は私の頬に手を寄せて、慈しむように優しく触れる。
 続いて、「悪かったな」と、短く謝罪した。

「何が……ですか?」

「時を戻したいなんて言ってしまったことがだよ。父さんが元気な時まで戻ってしまうと、君との出会いもなくなってしまうことを失念していた。仮に時を戻せるとしても……それだったら、意味がないよな」

 ああ、なんて愛しい人。
 こんな時まで私のことを気遣ってくれなくてもいいのに。
 
「大丈夫ですよ。その時には、きっと私の方から会いに行きますから」

 あなたを決して離したりしません。
 そんな思いで抱きしめる力を少しだけ強くすると、夫もそれに応えて頬をなでてくれた。

 気落ちしている彼には悪いけど、私は内心、今この時がとても幸せだと、代えようのない素晴らしい人生を送れていると思っていた。