オニオンスープとキャベツのサラダ、それに鶏肉のバター焼きと小吹芋。 それを食べながら外の景色に目をやる。
マーガレットは無惨にも柱だけになってしまって後はコンクリートの瓦礫が積み上げられているだけである。 ついこの間、組長の弟がここで射殺されたんだ。
ぼんやり見ていると玄関の辺りに女が立ち尽くしているのが見えた。 「ママじゃないわね。」
「何だって? ママじゃない?」 「あの人は見たことが無いわ。」
「京子でも知らない人が居たのか?」 「そりゃあ私だって完璧に覚えてるわけじゃないから。」
「それもそうだね。」 「そんなことよりさあ会社のことを考えない?」
「そうだそうだ。 桜田組なんかに没頭してる暇は無いんだ。」 食事を済ませると京子が資料を取り出した。
ほんの少しだけ明るい兆しが見えてきたんだと言うんだ。 京子が銀行と交渉を重ねてきてくれた結果だった。
「それでね、新しい展開をしようと思うの。」 「新しい展開?」
「そう。 今までは雑貨屋みたいなスタイルでやってきたのよね?」 「そうだね。」
「それをさあ商品のクオリティーを引き上げてブランドイメージを作り出そうと思うんだ。」 「ブランドイメージ?」
「そうそう。 小学校でもお受験ブームでしょう? 煽りたくはないんだけど乗ってもいいかって思うのよ。」 「それはそうかもしれんが、、、。」
「大丈夫。 高所得者向けのブランドイメージだから。」 「確かにその辺は気が付かなかったなあ。」
「安い物は大手の商社でもたくさん出してるわ。 まあ贅沢品とまではいかなくても高級なイメージを作り出したいの。 スーパーでも日用品はたっくさん売られてるからさ。」 「明日の会議でその辺を詰めようか。」
少しずつこの会社もトンネルの出口に近付いている。 最悪は脱したようだな。
私は翌日の会議に何となく期待してみようと思った。
これまでは〈庶民派〉を意識してきた会社である。 そのイメージを拭い去るのにもいい転機かもしれない。 うまくいけばいいけどな。
明治創業の古い会社だからこその悩みでもあったんだ。 古いイメージを捨て去るには勇気が要るんだなあ。
「さらにね、ネット販売を拡充しましょう。」 「どうするの?」
「YouTubeを効率良く使うのよ。」 「それじゃあ広告が、、、。」
「広告もYouTubeに載せればいいわ。 そのほうがしっかりと見てもらえるから。」 「確かに、、、。」
「今は紙媒体なんて誰も見ないわよ。 だから電光掲示が増えてるでしょう?」 「そうか。」
「それに織り込みで投げ込んだって新聞自体購読者が減ってるんだから無駄よ。」 「よし。 来月から広告はネットに切り替えよう。」
「テレビcmも価値は無いわね。 昔ほど見ないんだし見てるのは年寄りばかり。」 「まあ孫のプレゼントにはいいだろうけどな。」
「それだって年に一回有ればいいほうでしょう? それよりは定期的に買ってくれる客層を狙うのよ。」 「そうだね。 計画を練り合わせてよ。」
「もうね、八割がた練り上げてるのよ。 資金も目途が付いたし後はチャンスを逃さなければ大丈夫。」 そこまで話して京子は溜息を吐いた。
桜田組の騒動はまだまだこれからだろう。 今は表の借り物が動いているに過ぎない。
しかし、京子の身が心配だ。 何も無ければいいが、、、。
「私なら大丈夫よ。 組に楯突いてるわけでもないし探り回ってるわけでもないんだから。」 「それにしても、、、。」
「大丈夫だって。 ここであの弟が殺された時も何も無かったでしょう?」 「それはそうだけど、、、。」
「心配性なのね。 ゆっくり一緒に寝ましょうか。」 そう言って京子はベッドに潜り込んだ。
少しばかりワインを飲んでから俺もベッドに転がり込んだ。 いろいろ有り過ぎて何だか疲れている。
翌日、会社に行ってみると、、、。 「社長、生きてたんですか?」
「止してくれよ。 まだまだ死んでないんだから。」 「すっかり来ないから死んだものかと思って、、、。」
「おいおい、そこまで、、、。」 「ネット広告の原板が出来上がりました。」
「速いわねえ。」 「そりゃあ何てったってデジタル人間の佐藤君ですから。」
「やめなって。 自分で褒めたって、、、。」 「まあいいわ。 それくらいの元気が無いとやっていけないわよ。」
「そうですよ。 社長。」 「分かった分かった。」
京子は昼からまたまた会議らしい。 社長の出番は当分無さそうだな。
私は取り敢えず社長室に決めている小さな部屋に戻ってぼんやりとテレビを見ている。 (おや?)
ニュースの時間らしい。 映されているのは破壊されたマーガレットである。
「何であの店が?」 記者らしい女性が破壊された店の跡を覗きながら話している。
「あんなんで大丈夫なのか?」 「心配しなくてもいいわよ。 中身は全部出されてるから。」
「とは言うけど、、、。」 「残ってたらこうもやすやすと撮影させないでしょう。」
「それはそうだけどさあ、、、。」 「桜田組なら一晩で片付けるわよ。 チンピラもたくさん居るんだから。」
京子は澄ました顔でニュースを見ている。 「あのバタフライのママも起訴されたわね。」
「そうなの?」 「だって薬の証拠が山ほど出てきちゃったんだもん。」
「組のほうも危ないんじゃないのか?」 「そりゃあ下っ端の何人かは捕まったわよ。 でも上のほうには行かないから大丈夫。」
「自信有るんだねえ?」 「だって薬に手を出してるのは下っ端だけだもん。」
「何でそう言い切れるんだ?」 「創立当時の組頭が「薬には絶対に手を出すなよ。 出世したいなら死んでも手を出すな。」って言い含めたって話が有るんだから。」
「出世したいなら?」 「そうよ。 だから中心の人間は薬何て見向きもしないわ。」
「あの、、、。 会議が、、、。」 そこへ一人の社員が入ってきた。
「分かった。 すぐ行くから資料を出しておいてね。」 「分かりました。」
京子は笑顔で私を見た。
この部屋に籠って私はぼんやりとしている。 父親が入院する前に「これから先はお前が仕切っていくんだぞ。」って言って社長の椅子を譲ってくれたんだ。
でもそれからが大変だった。 90年代からのデフレの嵐は一向に止む気配が見えない。 それどころか為替は不安定さを増してきていた。
何しろ円ドル相場は70年代の四分の一なのだから。 円高が一気に進んでしまって輸出業者は大ダメージを食らっていた。
この会社だって荒波に揉まれなかったわけではない。 いつ転覆するか分からない状態だった。
それが2020年を過ぎた辺りから少しずつ盛り返してきたんだ。 まだまだ不十分ではあるけど。
この出足を挫かれるようなことが有っては今度こそ墜落してしまう。 そのギリギリのタイミングで経営方針を大幅に変えたわけ。
銀行もようやく話に乗ってくるようになった。 あと一息だね。
ぼんやりとテレビを点けてみる。 ワイドショーをやってるようだね。 ん?
「緊急速報です。 田原市で殺されたことが確認された若い外国人女性に付いて県警は正式に特別捜査本部を立ち上げたことを公表しました。」 「何だって? この顔はジョーシーじゃないか。」
これまで動かないと見られていた警察が動くことを決めたわけだ。 となると、、、。
「正面衝突は避けられないな。 あの喫茶店を爆破したのもこのためだったのか。」 私は思わず身震いしてしまった。
「組が関わっていることは誰だって知ってるわ。 だから警察も二の足を踏まないように動かないのよ。」 京子もそう言っていた。
でも今、特別捜査本部が立ち上げられたんだ。 この近辺も穏やかじゃ居られないな。
会議を終えた京子が戻ってきた。 「ある程度見通しは立てたわよ。 銀行の資金投入も確約が取れた。」
「ありがとう。 世話になるね。」 「いいのよ。 私は社長のために居るんだから。」
「ワイドショーで、、、。」 「知ってるわよ。 でもあれは警察のやるやるアピールでしょう。」
「特別捜査本部でも?」 「今までだって何回も同じことをやってるじゃない。 そうやって警察のほうに国民の目を向けさせるのが狙いよ。」
「それじゃあ、、、。」 「大丈夫。 シークレットバタフライのあのママさんを餌にしてるのよ。」
「餌?」 「そうそう。 本部長のお気に入りってことにして店を閉めさせたわ。」
「そうか。 閉店しちゃったか。」 「残念だった?」
「ちょっとはね。」 「あそこよりいい店はたーーーーーーーーーーーーっくさん有るんだから紹介するわよ。」
そう言って京子は笑うのである。 こいつ、何処まで謎めいた女なんだろうか?
マーガレットは無惨にも柱だけになってしまって後はコンクリートの瓦礫が積み上げられているだけである。 ついこの間、組長の弟がここで射殺されたんだ。
ぼんやり見ていると玄関の辺りに女が立ち尽くしているのが見えた。 「ママじゃないわね。」
「何だって? ママじゃない?」 「あの人は見たことが無いわ。」
「京子でも知らない人が居たのか?」 「そりゃあ私だって完璧に覚えてるわけじゃないから。」
「それもそうだね。」 「そんなことよりさあ会社のことを考えない?」
「そうだそうだ。 桜田組なんかに没頭してる暇は無いんだ。」 食事を済ませると京子が資料を取り出した。
ほんの少しだけ明るい兆しが見えてきたんだと言うんだ。 京子が銀行と交渉を重ねてきてくれた結果だった。
「それでね、新しい展開をしようと思うの。」 「新しい展開?」
「そう。 今までは雑貨屋みたいなスタイルでやってきたのよね?」 「そうだね。」
「それをさあ商品のクオリティーを引き上げてブランドイメージを作り出そうと思うんだ。」 「ブランドイメージ?」
「そうそう。 小学校でもお受験ブームでしょう? 煽りたくはないんだけど乗ってもいいかって思うのよ。」 「それはそうかもしれんが、、、。」
「大丈夫。 高所得者向けのブランドイメージだから。」 「確かにその辺は気が付かなかったなあ。」
「安い物は大手の商社でもたくさん出してるわ。 まあ贅沢品とまではいかなくても高級なイメージを作り出したいの。 スーパーでも日用品はたっくさん売られてるからさ。」 「明日の会議でその辺を詰めようか。」
少しずつこの会社もトンネルの出口に近付いている。 最悪は脱したようだな。
私は翌日の会議に何となく期待してみようと思った。
これまでは〈庶民派〉を意識してきた会社である。 そのイメージを拭い去るのにもいい転機かもしれない。 うまくいけばいいけどな。
明治創業の古い会社だからこその悩みでもあったんだ。 古いイメージを捨て去るには勇気が要るんだなあ。
「さらにね、ネット販売を拡充しましょう。」 「どうするの?」
「YouTubeを効率良く使うのよ。」 「それじゃあ広告が、、、。」
「広告もYouTubeに載せればいいわ。 そのほうがしっかりと見てもらえるから。」 「確かに、、、。」
「今は紙媒体なんて誰も見ないわよ。 だから電光掲示が増えてるでしょう?」 「そうか。」
「それに織り込みで投げ込んだって新聞自体購読者が減ってるんだから無駄よ。」 「よし。 来月から広告はネットに切り替えよう。」
「テレビcmも価値は無いわね。 昔ほど見ないんだし見てるのは年寄りばかり。」 「まあ孫のプレゼントにはいいだろうけどな。」
「それだって年に一回有ればいいほうでしょう? それよりは定期的に買ってくれる客層を狙うのよ。」 「そうだね。 計画を練り合わせてよ。」
「もうね、八割がた練り上げてるのよ。 資金も目途が付いたし後はチャンスを逃さなければ大丈夫。」 そこまで話して京子は溜息を吐いた。
桜田組の騒動はまだまだこれからだろう。 今は表の借り物が動いているに過ぎない。
しかし、京子の身が心配だ。 何も無ければいいが、、、。
「私なら大丈夫よ。 組に楯突いてるわけでもないし探り回ってるわけでもないんだから。」 「それにしても、、、。」
「大丈夫だって。 ここであの弟が殺された時も何も無かったでしょう?」 「それはそうだけど、、、。」
「心配性なのね。 ゆっくり一緒に寝ましょうか。」 そう言って京子はベッドに潜り込んだ。
少しばかりワインを飲んでから俺もベッドに転がり込んだ。 いろいろ有り過ぎて何だか疲れている。
翌日、会社に行ってみると、、、。 「社長、生きてたんですか?」
「止してくれよ。 まだまだ死んでないんだから。」 「すっかり来ないから死んだものかと思って、、、。」
「おいおい、そこまで、、、。」 「ネット広告の原板が出来上がりました。」
「速いわねえ。」 「そりゃあ何てったってデジタル人間の佐藤君ですから。」
「やめなって。 自分で褒めたって、、、。」 「まあいいわ。 それくらいの元気が無いとやっていけないわよ。」
「そうですよ。 社長。」 「分かった分かった。」
京子は昼からまたまた会議らしい。 社長の出番は当分無さそうだな。
私は取り敢えず社長室に決めている小さな部屋に戻ってぼんやりとテレビを見ている。 (おや?)
ニュースの時間らしい。 映されているのは破壊されたマーガレットである。
「何であの店が?」 記者らしい女性が破壊された店の跡を覗きながら話している。
「あんなんで大丈夫なのか?」 「心配しなくてもいいわよ。 中身は全部出されてるから。」
「とは言うけど、、、。」 「残ってたらこうもやすやすと撮影させないでしょう。」
「それはそうだけどさあ、、、。」 「桜田組なら一晩で片付けるわよ。 チンピラもたくさん居るんだから。」
京子は澄ました顔でニュースを見ている。 「あのバタフライのママも起訴されたわね。」
「そうなの?」 「だって薬の証拠が山ほど出てきちゃったんだもん。」
「組のほうも危ないんじゃないのか?」 「そりゃあ下っ端の何人かは捕まったわよ。 でも上のほうには行かないから大丈夫。」
「自信有るんだねえ?」 「だって薬に手を出してるのは下っ端だけだもん。」
「何でそう言い切れるんだ?」 「創立当時の組頭が「薬には絶対に手を出すなよ。 出世したいなら死んでも手を出すな。」って言い含めたって話が有るんだから。」
「出世したいなら?」 「そうよ。 だから中心の人間は薬何て見向きもしないわ。」
「あの、、、。 会議が、、、。」 そこへ一人の社員が入ってきた。
「分かった。 すぐ行くから資料を出しておいてね。」 「分かりました。」
京子は笑顔で私を見た。
この部屋に籠って私はぼんやりとしている。 父親が入院する前に「これから先はお前が仕切っていくんだぞ。」って言って社長の椅子を譲ってくれたんだ。
でもそれからが大変だった。 90年代からのデフレの嵐は一向に止む気配が見えない。 それどころか為替は不安定さを増してきていた。
何しろ円ドル相場は70年代の四分の一なのだから。 円高が一気に進んでしまって輸出業者は大ダメージを食らっていた。
この会社だって荒波に揉まれなかったわけではない。 いつ転覆するか分からない状態だった。
それが2020年を過ぎた辺りから少しずつ盛り返してきたんだ。 まだまだ不十分ではあるけど。
この出足を挫かれるようなことが有っては今度こそ墜落してしまう。 そのギリギリのタイミングで経営方針を大幅に変えたわけ。
銀行もようやく話に乗ってくるようになった。 あと一息だね。
ぼんやりとテレビを点けてみる。 ワイドショーをやってるようだね。 ん?
「緊急速報です。 田原市で殺されたことが確認された若い外国人女性に付いて県警は正式に特別捜査本部を立ち上げたことを公表しました。」 「何だって? この顔はジョーシーじゃないか。」
これまで動かないと見られていた警察が動くことを決めたわけだ。 となると、、、。
「正面衝突は避けられないな。 あの喫茶店を爆破したのもこのためだったのか。」 私は思わず身震いしてしまった。
「組が関わっていることは誰だって知ってるわ。 だから警察も二の足を踏まないように動かないのよ。」 京子もそう言っていた。
でも今、特別捜査本部が立ち上げられたんだ。 この近辺も穏やかじゃ居られないな。
会議を終えた京子が戻ってきた。 「ある程度見通しは立てたわよ。 銀行の資金投入も確約が取れた。」
「ありがとう。 世話になるね。」 「いいのよ。 私は社長のために居るんだから。」
「ワイドショーで、、、。」 「知ってるわよ。 でもあれは警察のやるやるアピールでしょう。」
「特別捜査本部でも?」 「今までだって何回も同じことをやってるじゃない。 そうやって警察のほうに国民の目を向けさせるのが狙いよ。」
「それじゃあ、、、。」 「大丈夫。 シークレットバタフライのあのママさんを餌にしてるのよ。」
「餌?」 「そうそう。 本部長のお気に入りってことにして店を閉めさせたわ。」
「そうか。 閉店しちゃったか。」 「残念だった?」
「ちょっとはね。」 「あそこよりいい店はたーーーーーーーーーーーーっくさん有るんだから紹介するわよ。」
そう言って京子は笑うのである。 こいつ、何処まで謎めいた女なんだろうか?



