午後10時を過ぎたら課長さんも帰ってしまって、解散式はさらに盛り上がってきた。 「総長が帰ってきたらもう一回みんなで集まろうな。」
「そうだ。 これまでさんざんにお世話になったんだ。 みんなでお返しをしようぜ。」 「お返し? 何をするんだ?」
「さあなあ。 それはこれから考えるよ。」 「そんなことよりみんなまともに就職したらどうだ?」
「就職か。 それも有るかな。」 大沼さんは連中を集めて言ったことが有る。
「お前らさ、突撃するだけが人間じゃないんだぜ。 ある程度のことをやっちまったらきちんと就職して俺を喜ばせてくれよ。」 (そうかもな、、、。)

 獄導連合って元はと言えば焼け野原に立ち上がった愚連隊の集団だった。 初代は喧嘩っ早くて気に入らないと見るが早いか、殴る蹴るの雨を振らせたものだから寄り付くやつは居なかった。
それが今や50人くらいの仲間が常に居て、衛星みたいに三つも四つも集団がくっ付いている。
もちろん、裏切ったやつだってたくさん居る。 でも去る者は一人も追わなかった。
大沼さん曰く「先代から仲間作りを懸命にしてきたんだ。 仲間が居なきゃ偉そうに言ってても何にも出来ないからな。」
 大沼さんが五代目になったのは5年ほど前。 姉ちゃんがまだまだ高校生だった頃だ。
気取ったことが大嫌いな大沼さんはいつもラフな格好をしていた。 そのくせ、ハーレーを乗り回している。
いつだったか、白バイの格好をして走っていたら死ぬほどに追い回されたって言ってたな。
お茶目というのか、やらかし好きというのか、、、。 それでも突撃するとなれば用心深く対策を打つんだ。
顔も名前もばれてるのに相手にわざと潜り込むんだ。 愛嬌がいいから疑わないのかね?
んで急所を探るとそっと抜け出して襲ってくる。 その時は手加減しない。
そんなこんなで叩き潰したチンピラどもを就職させるんだ。 親玉は警察に任せてから、下っ端を連れて職安に飛び込む。
飛び込まれたほうはいつだって迷惑そうな顔をするんだが、大沼さんは腰が低くてね。 あの顔で深々とお辞儀されたら聞かないわけにもいかない。
そうやって何人も就職させてきた。 「いいか。 ここまでは俺がやってやる。 ここから先は自分の足で歩いて行け。」
必ずそう言って送り出したんだってさ。

 解散式は終わった。 「片づけは明日にする。 酔っぱらって茶片付けどころの騒ぎじゃねえからな。」
「明日の昼、この店に集合だ。」 いい気になっている連中に岩谷さんと結城はそう通告した。
 店を出ると街はもう静まり返っていて、ところどころに街灯が侘びしく灯っているだけだった。
俺は酔いを醒ますためにブラブラと歩いていた。 廃工場もそのままで買い手が付かないらしい。
何気に鉄扉を開けて見る。 幽霊でも出てきそうなくらいに静まり返っている。
5年前まではここに大きな機械が何台も置いてあってドンドンガタガタやってたんだよな。
サッシの枠を作ってるとか言ってたっけ。 ところが従業員が挟まれて死んじまってから仕事が激減して倒産しちまった。
幽霊騒ぎもうるさかった。 かなり大きな工場だったのにな。
心霊スポットだって噂になってユーチューバーたちが押し寄せてきたけど、何も出なくて文句を言って帰っていった。
そりゃさあ、面白半分で来たんだろうけど、幽霊だって迷惑だと思って出なかったんじゃないのか? ネタにされたんじゃ堪ったもんじゃないからな。
遠くで白バイが走ってる。 スピード違反でも追い掛けてるのかね?
真夜中にご苦労様です。 サイレンを鳴らしていたら緊急車両なんだよね おじさん?
 ぼんやりとバス通りまでやってきた。 バス停の標識が黙って立っている。
真夜中にこいつだけ見てると何か怖いなあ。 いきなり「お前は誰だ? 何処まで行くんだ?」なんて聞いてきたらおっかねえよ。
ブラブラ歩いていると墓場が見えてきた。 この辺じゃあ人魂だの幽霊だのってうるさいくらいに聞くね。
何を思い残したんだろう? また生まれてくればいいじゃないか。
化けて出たってお払いされたら終わりだよ。 いいことは無いんだ。
 さてさて、どれくらい歩いたんだろう? 歩き疲れた俺は喫茶店の前のベンチに座った。
高校生の頃、付き合ってた女の子が居てね、エンジェルラビットって名前に魅かれてこの店に来たんだ。
デートの帰り、前のベンチに何気なく座ったら「キャーーー!」って言うんだ。 (何だろう?)って思ったら尻にペンキがべっとり、、、。
それ以来だよな、、、。 彼女は大学に進んでそこの講師と結婚したんだってさ。
俺? 俺はまだ一人だよ。 姉ちゃんと住んでは居るけどねえ。
ポツリポツリ雨が降ってきた。 何を泣いてるんだ?
そりゃ、獄導連合の解散式だったからさ。 あはは。
 誰も居ない喫茶店の前でボーっとしてみる。 時刻は午前3時くらいか、、、。
数人の男が煙草を咥えて辺りを見回しながら歩いてきた。 気にはなったが、興味は無い。

素知らぬ顔で店の看板に目をやった。 男たちは俺をチラッと見て通り過ぎていった。
その眼にはギラギラした何かが光っていた。 やつらが行ってしまった後、俺は今来た道を歩き始めた。
すると、、、。 「やっちまえ!」
男の声が聞こえて俺は蹴り倒されてしまった。 その後はやられたい放題で手が出せない。
「こいつ、何もしねえぞ。」 「死んでるんじゃないのか?」
男たちのせせら笑う声が遠くで聞こえる。 意識を失う恐怖を感じた。
 どれくらい経ったのだろう? 俺は何かの上に寝かされていた。
耳元で誰かが叫んでいる。 「近藤! 近藤!」
声は聞こえるけれど体が動かない。 「三日ほど集中して観察する必要が有りますね。」
ここは紛れもなく病院だった。 しかも集中治療室だ。
何でも買い物に出てきた岩谷さんが倒れている俺を見付けて救急車を呼んだんだそうだ。 そこに結城も飛んできた。
「やつらだ。 解散したからって仕返しに来たな。」 「でもなぜ近藤が、、、?」
「酔ってるし何も持ってないからやったんでしょう。 向かいますか?」 「待て。 証拠も無いし、総長もまだ動けない。 動くには早すぎる。」
「しかしそれじゃ、、、。」 「当ては付いてるんだ。 課長さんに動いてもらうよ。」
「それはいいっすね。 まずは近藤を、、、。」 「そうだ。 たまたま狙われたんだな。 連合とは関係無いのに。」
「可哀そうになあ。 痛かったろうに。」 二人は密談を済ませると警察へ向かった。

 「おー、結城じゃないか。 どうしたんだ?」 常日頃、お世話になっている課長が出てきた。
「昨日はありがとうございました。」 「いやいや、獄導連合が解散するって言うから驚いたんだよ。 よく決めたな。」 「そりゃあ課長さんにもこれ以上の迷惑は掛けられませんから。」
岩谷は苦笑しながら例の話をした。 「実は、、、その帰り道でだちがやられまして、、、。」
「やられた? 喧嘩か?」 「喧嘩なんて生易しいもんじゃありません。 リンチです。」
「相手は分かってるのか?」 「だちは一人でやられたんで相手は分かりません。」
「狼の連中かな?」 「それすらはっきりしないんですよ。」
「そうか、、、それで俺に助けを求めてきたんだな?」 「そうです。 お願いします。」
「分かった。 取り合えず狼の連中も含めて洗ってみよう。」
 岩谷と結城は俺がやられていた辺りの状況を詳しく話してから警察署を出た。
「山下さんに聞いてみましょうか?」 「聞いてどうするんだ?」
「あの人なら目星は付けられるでしょう。」 「待て。 まだ狼の連中だって決まったわけじゃない。 通りすがりのチンピラだって可能性も有るんだぞ。」
「それはそうですけど、、、。」 「それにだな、狼だってしばらくは動けないだろう。」
「この間の一件ですか?」 「それも有るし大沼が出てくるまでは動かないさ。」
 結城は腑に落ちない顔でバス通りを歩いて行った。

 噂というのは兎にも角にも早く伝わるもので、俺がやられたことは下っ端の連中にも伝わっていた。
「結城さん 反撃しましょうよ。」 「待て待て。 まだ相手が決まったわけじゃないんだ。 それに今、動いたら大沼さんはガチで牢屋行きだぞ。」
「でもそれじゃ、、、。」 「それにやられたのは民間人だ。 連合のやつじゃない。 警察も動いてくれるから任せとけ。」
そうは言っても下っ端の連中は収まらない様子だ。 「黙って見てろってさ。」
「意気地なしだな。 前の獄導ならさっさと乗り込んで蹴りを付けたのに、、、。」 「解散したんだ。 連合は関係無いよ。」