もともと名前で呼ばれてはいたものの、呼び捨てになった途端、何だかがらりと印象が変わった。
以前よりも、近づいたような。
十和くんも男の子なんだと、改めて認識させられたような。
はっとした。
無意識に綻んでいた頬を慌てて引き締める。
(しっかりして、わたし)
あんな奴に健気さを見出すなんてどうかしている。
雑念を振り払うようにかぶりを振ると、トーストにかじりついた。
さくさくの食感に、じゅわ、と溶け出したはちみつとバターの香りが広がる。
「美味しい……」
思わずこぼれた。
手作りと言うには足らないけれど、思えば市販のもの以外が振る舞われたのは初めて。
少しずつ、わたしたちの間に画されていた壁が砕けて、低くなっていっているような気がした。
十和くんの思惑か、わたしの思惑かは分からないけれど、ひとまず順調だと言える。
この調子でいけば、逃げ出すことも十分現実的。
「よし……」
足が自由になったことだし、これまで届かなかった窓の向こうを調べてみよう。
厚手のカーテンに手をかけてみるも、硬い抵抗を受けた。
どうやら真ん中の部分にマグネットが取りつけられているようだ。
(本当に余念がないなぁ)
とはいえ、開かないわけではなかった。
少し力を入れれば、思った通りマグネットは簡単に離れる。
磨りガラスから射し込んでくる光を眩しく感じながら、鍵に手をかける。
窓を開けたらどんな景色が拝めるのだろう。
「……え?」
けれど、鍵はびくともせず、開く気配がなかった。
見た目は普通のクレセント錠なのに、手応えが硬くて動かない。
どんなに力を入れても結果は同じだった。
「どうして……」
困惑しながらも、側面から見て納得した。
クレセント錠自体に鍵穴がついている。
(鍵に鍵をかけてるの……?)
玄関の補助錠といい、直接外へと通じる部分にはひときわ入念な対策を施しているようだった。
しかもこの鍵穴の部分には、垂れて固まったような透明な何かの跡がある。
指先で触れると、わずかな凹凸を感じた。
(……接着剤?)
どういうつもりなんだろう。
これでは解錠できないし、鍵を挿し込めても折れてしまう可能性がある。
まさか、金輪際この窓を開ける気はないということなのだろうか。
ぞくりとした。
心臓が凍えるような拍動を刻む。
そこまでして、わたしを外界に触れさせたくないの?
いったい、いつまでここに閉じ込めておくつもりなの?
予想以上に強い彼の執念に気圧されてしまう。



