夜が明けて、日が暮れた。

 コンビニのおにぎりふたつとはいえ、今日は久しぶりにご飯にありつけた。

 わたしの選択は正しかったんだ。

 死ぬほど悔しくて不本意だったけれど、頭を下げて彼を受容(じゅよう)したことで命を繋ぐことが出来た。

 ビニール袋と(から)になったペットボトルの回収に来た十和くんを、わたしは咄嗟に引き止める。

「お風呂、入っちゃ駄目……?」

 そろそろ不快感も限界に近かった。
 傷が染みるだろうが、清潔にしていたい。

「お願い、もう逃げないから! 約束する」

 また“俺が洗ってあげる”なんて牽制(けんせい)されたのではたまらない。
 今回は本当に、純粋にお風呂に入りたいだけだ。

 あんなことがあったのに、再び強行突破で逃げられるなんて考えるはずもない。

 同じことを思ったのか、十和くんはほんのり顔を(ほころ)ばせた。

「……んー、分かった。許してあげる」

「本当?」

 正直、少し意外だった。
 彼なら耐えがたいような交換条件でも呈示(ていじ)してくるかと思った。

「服はどうする? 洗っておこうか?」

 そう言われ、自分の身につけている制服を見下ろした。
 ところどころに滲んだ血が染みている。

 また、お風呂から出た後は着替えたい気持ちもあったけれど、彼になど安心して預けられない。

「い、いい。大丈夫」

「そう? 遠慮しなくていいのにー」

 彼はそう笑いながら、わたしの前に屈んだ。
 ぱちん、と取り出したはさみで結束バンドを断ち切る。

「ついて来て。ちょうど沸いてるし、すぐ入れるよ」

 自分のために沸かしたのだろうけれど、わたしを優先してくれるとは思わなかった。

 十和くんが自己中心的であることはもう重々分かっているから、そのギャップでこういう些細なことすら“優しい”と錯覚してしまいそうになる。

 ご飯にお風呂にお手洗い────そんな当たり前にあるはずの権利を取り上げられた。
 だから、それが叶うだけで彼に恩を感じてしまいそうになるのだ。

 取り上げたのも、それを支配しているのも、ほかならぬ彼自身だというのに。



 何の躊躇(ためら)いもなくドアを開けた彼に戸惑い、立ち上がったわたしは思わず尋ねる。

「目隠しは?」

 それを聞き、十和くんはくすくすと笑った。

「……へぇ、いい子だね」

 満足そうな、どこか嬉しそうな声色だった。

「!」

 それを受けて思い知る。
 いつの間にか、すっかりこの環境に慣れてしまっていた。

 十和くんの押しつけてくる不自由さを、新たな“当たり前”として受け入れかけていた。