控えめなノック音が聞こえ、シルディアはふぅと息をついて女神から目を逸らした。
 ただ正面の壁にかかった絵画にも女神が描かれているため、あまり意味はないが。

「ヴィーニャです」
「入っていいわよ」
「失礼致します」

 音を立てずに開いた扉からヴィーニャがワゴンと共に入室した。
 テーブルに置かれたティーカップからアールグレイのいい匂いが漂う。

「ゆっくり休むようにと、皇王陛下が仰ってましたよ」

 そう言ってテーブルに置かれたのは切り分けられたイチゴのタルトだ。
 脱兎のごとくオデルの前から逃げてきたというのに、シルディアを気遣う彼は心の広い人なのだろう。

(わたしには勿体ないぐらいの人ね。イチゴが好きだって知った途端これだも――)

 用意されたフォークを取り、タルトに手を付けようとして気が付く。
 突然止まったシルディアを不思議そうに首を傾げ眺めるヴィーニャに問う。

「このタルト、オデルが作った物かしら?」
「いえ。夜会でお出しになってるものです」
「ここで食べるとオデルが嫌がりそうね」

 シルディアが苦笑を零せば、ヴィーニャも同意した。

「そうですね。ではこちらは下げますね」
「せっかく持って来てくれたのに悪いわね」
「いえ。気が回らず申し訳ありません」
「ヴィーニャが悪いわけじゃないの。でも、なんだか駄目な気がしたの。ごめんなさい」
「謝らないでください。シルディア様は陛下のつがいなのですから、もっとわがままを言ってもいいぐらいですよ」

 粛々とタルトを片付けながら微笑むヴィーニャに、シルディアはじゃあとわがままを言うことにした。

「相談に乗ってくれる?」
「わがままじゃない気がするんですが……。もちろんです」
「さっきオデルから今の自分を好きになってほしいって言われたんだけど、どういう意味だと思う?」
「それは……そのままの意味では?」
「えっと、違うの! 幼少期にオデルと一度会ってて……昔のオデルは優しくて、いや今も優しいんだけど……なんて言ったらいいのかしら」
「ふむ。皇王陛下は昔の自分に嫉妬していらっしゃるのでは?」
「言われたわ」
「でしょうね」

 心底納得したように頷かれ、シルディアは頭を抱えた。