嫌な予感しか感じられなかったシルディアは首を横に振った。

「言わなくていい!」
「ふっ。アルコールで頬が赤くなっているのを他の奴に見られたくないんだ。分かるだろ?」
「いっ、言わなくていいって言ったのに!」
「シルディアの反応が可愛いのが悪い。もし酒を飲みたいなら、俺と二人っきりの時に……な?」

 耳元で囁かれる。
 ぞわぞわと腰に来るような低音に、シルディアは全身が沸騰しそうだ。
 その様子をにこにこと眺めるオデルに文句を言おうとシルディアは口を開いた。
 しかし、オデルの後ろから声がかかりそれは叶わなかった。

「陛下」
「どうした?」

 振り返った先にいたのは、一人の騎士だ。

(甲冑……? 周りは騎士の正装をしているのになぜ一人だけ……? 流石に場違いじゃない? 誰か注意をしなかったのかしら)

 甲冑の騎士を見る周りの騎士の視線がいやに冷たい。
 これだけあからさまであれば、オデルも気が付いているだろう。
 針のむしろな騎士はそんなことどうでもいいと言わんばかりに胸を張っている。
 だが、報告は素直にできないようで口ごもった。

「それが……」

 変声期前なのか少し高めの声がくぐもって聞こえる。
 フルフェイスの甲冑で顔が覆われているため、声が聞こえにくいのだ。
 身長は男としては低めだろう。体躯も恵まれているわけではなく、細めだろうか。

(甲冑で隠された体つきは分からないけど、男性にしては線が細い気がするわ。装備の大きさから大まかな体つきは予想がつくって教えてくれたのはフロージェの護衛騎士だったわね。まぁ護衛騎士はフロージェに教えたつもりでしょうけど。懐かしいわね)

 じろじろと見つめすぎたのか、騎士は一瞬シルディアに目を向けた。

「ええっと、つがい様に聞かせるようなお話では……」
(夜会の場で護衛であるはずの騎士がわざわざオデルに声をかける理由なんて一つでしょうに)

 か弱い姫だと気遣われているのだと、シルディアは内心ため息をついた。
 オデルをじっと見詰めれば、視線に気がついた彼はシルディアに目を向けてくれる。