「っ」

 ピクリとシルディアの眉が動いたのを見逃さなかったのだろう。オデルは満足そうに口角を上げた。

「誰が優位に立っているのか、理解はできた? 君を殺すのはとても容易いんだ。自分の立場をよぉく考え直して?」
「……はい。皇王陛下」
「だめだめ。俺達はもう夫婦なんだ。名前で呼んで」
「オデル様……?」
「様はいならない」
「お、オデル」
「よくできました」

 首を握られている状況で拒否できるほど、シルディアの知るフロージェは強くない。
 フロージェは心優しい普通の女の子だ。皇王に手を上げたりするような野蛮な行動はしないだろう。
 そのためシルディアが影武者である以上、彼女がしない行動は慎まなければならないのだ。

(我慢するのよ。わたしは今、品行方正なフロージェなの。今すぐ掴み返してやりたいけど、やってはいけないわ)

 反撃できないと高を括っているであろうオデルは、いまだ手を離す素振りがない。
 それどころかシルディアを品定めするかのように眺めている。
 なぜだかそれがシルディアの癪に障った。

「オデル。そろそろこの手を離していただけませんか?」
「やはりいいな」
(我慢よ。我慢)

 にこにこと笑うオデルは、清々しいほどにシルディアの話を聞いていない。

「聞いていらっしゃいますか? オデル?」
「君の可愛らしい唇から紡がれる言葉はずっと聞いていたくなるな」
(いや、話通じてないんだけど。これが皇王? それこそ嘘でしょって、いけない。つい口に出そうに……我慢よ、シルディア。今わたしはフロージェなの。あの子はこんな文句言わない)

 一文字一文字丁寧に発音し、シルディアはオデルに問いかける。

「あの、言葉は通じていますでしょうか? オデルの言葉は理解できるのですが、会話になっていないと言いますか……」
「困惑する顔もまた可愛いね。俺の白百合はどんな顔も可愛いんだろうな」
(――あぁもう)

 いくら声をかけても噛み合わない会話に、シルディアはとうとう我慢の限界を迎えてしまった。
 衝動的に自身の首に添えられている手を掴み返す。
 驚きに目を見開き、やっとシルディアを映したその赤い瞳を睨んだ。

「少しは人の話を聞け!!」