シルディアから手をきゅっと握れば、数秒の驚きがオデルを包む。
 それはわずか数秒の隙。
 体の軸をずらし、腰に回った彼の手から逃れる。オデルのリードから外れ、シルディアはその場で一回転してみせた。
 ふわりと花開くドレスに、周りから感嘆の声が漏れる。

(やられっぱなしは性に合わないの。主導権はもらうわよ)

 オデルに挑むような視線を向け、宣戦布告だと口角を吊り上げる。
 彼が小さく目を瞠ったのを確認し不意打ちは成功したのだと、ますます楽しくなった。
 すました顔を崩す機会はそうそう訪れないだろう。
 オデルがシルディアの掌の上で転がされ、狼狽した色を見せながら踊ってくれるのなら、これ以上心躍ることはない。
 今がチャンスと言わんばかりに彼のステップを誘導する。

「シルディア」
「!」

 腰に添えられた手が、本来の流れとは反対の方向へと逸らす。
 予定していた動きを塗り替えられてしまったシルディアは、結果としてくるりと一人で回された。
 ほぉっと歓声が聞こえるが、シルディアはそれどころではない。
 不本意だと目で訴えれば、オデルの次はどうしたい? と言いたげな余裕な目とかち合う。

(んの……! 絶対その顔を崩してやるんだから!)

 大人しく通常のステップに戻り、虎視眈々と機会を窺う。
 シルディアを穏やかに見下ろすオデルが何かをしてくる素振りはないのが救いだろうか。
 くるくると回りながら、不意打ちで踏み込んでみるが当たり前のように回避されてしまった。
 思わず舌打ちをしそうになるが、間一髪のところで飲み込んだ。

(重心の分散も上手い。リードも文句一つ付けることはできないわ。完璧すぎて、気を抜くとあっという間に呑まれてしまいそう)

 ここまできたのだから一矢報いたい。
 そう次の手を考えていると、シルディアの動きに合わせるだけだったオデルが腰に添えた手にぐっと力を入れた。
 オデルはされるがままに踊るだけだと警戒をしていなかったため、反応が遅れてしまった。
 シルディアを引き寄せたオデルは上半身を倒し、強引に密着した。
 そのまま足元を掬われてしまえばシルディアに逃げ場などなく、簡単に背中側へと倒れてしまう。

「ひゃっ」

 思わずオデルの首に手を回せば、彼の大きな手でしっかりと支えられる。と同時に演奏がジャンッと鳴り止んだ。
 最後の最後で醜態を晒すことなく終わったとシルディアは安堵する。

(いきなり仕掛けてくるなんて、わたしが転んだらどうするつもりだったのかしら)

 ホッとした反面、シルディアは強引な手段に出たオデルに抗議の視線を送るが、くすりと笑われるだけだった。

(いえ。オデルのことだから、わたしを支えられる自信があったのね)

 反った上半身を起こし、ダンスが終わったと参加者へ向けてオデルと共に礼をした。