物語を紡ぎ終わると、皇太子はクッキーを片手に耳を傾けていた。
 どこかに忍ばせていたのだろう。

「行儀が悪いわ」
「お前しかいないんだから見逃せ」
「喉に詰まらせないでよ」
「ふっ俺を誰だと思ってるんだよ」
「いや、地位は今関係ないでしょう」

 サクサクと軽い音を立てて食べる皇太子に、シルディアの腹の虫が小さな音を立ててしまう。

「!」
「ぷっ」

 恥ずかしさに顔を逸らしたシルディアだったが、微かな笑い声に目くじらを立てて振り返ってしまった。
 敵意の感じられない笑顔を浮かべる皇太子は、シルディアに一枚のクッキーを差し出した。

「ほら、やるよ」
「いいの?」
「喋らせた礼だと思っとけ」
「! ありがとう!」

 手渡されたクッキーを食み目を輝かせるシルディアと、少し驚いた顔で彼女を見つめる皇太子。

「毒見は……」
「あなたが食べているのに毒見が必要?」
「それもそうか」
「ねぇ。これ、おいしいわね。上に乗っているのはイチゴジャムかしら?」
「!?」

 ルビーのような瞳が零れ落ちそうなほど見開かれ、シルディアは首を傾げた。

「わたし、何か驚くようなこと言った?」
「いや。気に入ったのなら、またここに来てもいいか? 持って来てやる」

 優しく両手を包み込まれシルディアはたじろいだ。
 唐突なスキンシップに頬が赤らむ。

「……いきなり距離を詰めてくるのね」
「悪いか」
「いつもここにいるわけじゃないわよ。それでもいいなら、滞在中くれば?」
「あぁ」

 優しげな目を向けられる意味が分からず、シルディアは眉を下げた。
 本来であれば断らなければならない局面。
 拒否しなかった理由は、ごく単純なことだった。

(こういうお菓子、初めて食べたわ。すごく美味しいのね)

 初めて口にしたクッキーに、シルディアは魅了されてしまった。
 ただそれだけ。