「俺が目の前にいるのにさっきから竜の王竜の王って悋気を抱いてしまいそうだよ」
「っ、何言ってるの。竜の王はオデルなんだから、わたしが考えているのは終始オデルのことよ」
「そんなこと言っても、ねぇ? そろそろ目の前の男に構って欲しいな」

 オデルは闇に染まった瞳を隠すようにシルディアの肩にぐりぐりと頭を押し付けてきた。
 拍子に柔らかな黒髪が肌を掠める。
 いつも通りのスキンシップに戻ったと安堵した途端、シルディアの体から力が抜けた。
 シルディアは呆れたように呟く。

「構ってって、子どもじゃないんだから」
「大人だって甘えたい時はある」
「毎日甘えている気がするけど?」
「……気のせいじゃない?」
「そういうことにしておいてあげる」

 拗ねたオデルを宥めるため、触り心地の良い黒髪を指で梳く。
 嫌がる素振りも見せず身を任せる彼にシルディアは苦笑を零す。

「そんな無防備でいいの?」
「シルディアは俺を殺したいと思う?」
「思うわけないじゃない」
「それが答えだよ。じゃあそろそろ、夕ご飯にしようか」
「まだ夕ご飯には早いんじゃ……」
「書物は片付けてね」

 シルディアをソファーに降ろしたオデルは立ち上がり厨房に足を向けた。
 聞く耳を持たない彼に、シルディアは大きなため息をついた。

「なんなのよ、もう」

 強引に話題を変えたオデルの態度は暗に竜の王についてこれ以上踏み込むなと言っているようなものだ。
 読み終わった歴史書を書庫へ運ぶために書物をまとめるシルディアは気が付いていない。
 厨房から覗く赤色の瞳に、まだ蛇蝎(だかつ)の如く嫌忌の感情が奥底でとぐろを巻いていることに。